もう随分と昔のこと。
一度だけ、愛犬を海辺に連れて行ったことがあった。
初めて見る海の、絶え間なく寄せては返す波に、
最初のうちは何処となく腰が引けていたけれど、
おっかなびっくりを繰り返しつつ、段々と波打ち際へ近づいていった。
少し慣れると、走ったり、妙な角度で跳ねたり、
前足で砂を掘ってみたり・・・
どうやら、濡れた砂の感触が気に入ったらしく、
見上げてくる表情はご満悦で嬉しそうだった。
その笑顔に自分も笑顔になって・・・とても癒されたことを憶えている。
帰る時には、頭を撫でながら「また来ようね」と言ったのに、
結局、連れて行ってあげられないまま・・・
その約束は叶わなかった。
* * *
バルセロナから南西へ35キロ程のところに、
地中海に面したリゾート地、シッチェスの町がある。
海辺には、延々と美しい砂浜が続いていた。
近隣の住人だろうか、犬を連れて散歩する人も多い。
そんな平和で穏やかな光景をしばらく眺めていたら・・・
「海?気に入ったよ」とでも言いたげだった愛犬の
あの時の真っ直ぐな眼差しが、
記憶の合間から、突然にふっと浮かんできて――
心がふんわり温もるような、その記憶を筆にのせた。
笹倉鉄平
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