”つながり”から生まれる絵

繋がる、積み重ねる、呼応する・・・表現は様々でしょうが、何から何かへと関連性を持ちながら、次へ次へと続いてゆくことは、時として前へと進む為のとても大切な”術(すべ)”や原動力であったりもします。
制作活動にあっても、いつもそんなことを意識しておりまして・・・今回は少しその辺の話をしてみます。

つい先日、新作「ボーデン湖からライン河へ」の最終チェックとサインを入れる作業をしました。
今年、年が明けてすぐに原画に取りかかり、年の半分も終わろうとしている今月にようやくリリースの運びとなり、ホッと致しております。

なんとなく感慨深く感じてしまうのは・・・この絵が、実際の風景スケッチを一切ベースに使わずに描いた、初めての作品だったからです。
今までにも自分の想像で、建物を理想的な形に変えたり、移動させたり、地殻変動まで起こしたりして、見た通りの風景ではなくなっている作品も多くありましたが(変化の度合いはまちまちですが)、そこにはベースにした現実の景色のスケッチが必ずありました。

ですが「ボーデン湖からライン河へ」は、船上で味わった爽快感の印象だけを頼りに、実在しない景色の風景画として完成させた作品です。
船の上から見る景色は、当然どんどん流れて過ぎ去ってゆきますから、定点スケッチは出来ません。また、どの地点々々からの眺めもあまりに素晴らしく、取捨選択も難しい・・・であれば、乗船中に風が心地よかった約2時間の”印象”を、凝縮して絵で伝えたいと思い立っての挑戦でした。

ただ、このゼロからの制作は、なかなかに大変で難儀しました。
まず、イメージ・スケッチとして、白い大きな紙に構図などを考えながら下絵を描いてゆくのですが、建物の形や木々を配すバランスやら遠・近、ヨットの距離感や形・・・等々の要素を、あーでもないこーでもないと修正を重ね、何回も々々も描き直してゆきます。ある程度、目指すイメージが紙の上に出来上がった時点で、キャンバスに下絵として写します。ここまで、いつもより随分長い時間を要しました。この後、色づけに入ってからも、”実際にはありそうなのに無い色”を頭に在るイメージから作ってはキャンバスにのせてゆくのですが、思うようにいかず、全体の色調を一面に塗り変えたこともありました。

一連の制作作業は心身共にハードではありましたが、投げ出さずに、チャレンジを完成までもってゆけたことは自信になりましたし、こうした次の絵へと繋がる新しいチャレンジが、常に自分を前へと進ませてくれるのだと感じています。

昨年(2015年)「モーゼルのぶどう畑と、笑顔になる水辺」という絵を描きました。
ドイツのモーゼル河畔に在る、ワイン産地として有名なベルンカステルクースという町を訪ねた時。葡萄畑と家並みを対岸から描いたスケッチをベースにして、実際の風景からは、かなり大きくかけ離れた姿を描き上げられたことに喜びを感じたものです。

そして、そんな経験から・・・もしかしたら、ベースが一切無くても、リアリティに根差した、私なりの理想の風景画が描けるのではないかと――「モーゼルのぶどう畑と、笑顔になる水辺」を描き上げた後に乗ったライン河のクルーズ船上、幸運にも出会った美しい風景や時間を感じながら――頭をよぎった結果生まれたのが、「ボーデン湖からライン河へ」なのです。

更に”繋がり”をさかのぼってみますと・・・「モーゼルのぶどう畑と、笑顔になる水辺」を描くことが出来たのは、その前年の「潮音庭」という絵を描いたからでした。

「潮音庭」 2014年 油彩

京都のお寺、日本庭園の風景画で、サイズも小さいですし、意外に思われたかもしれません。が、光の表現において、初夏のやや逆光気味の日差しや影の描き方に、自分なりの方法を”つかめた”手ごたえを感じました。それを、次の機会でより確かなモノとして発展させてみよう、と決めて次に描き始めたのが「モーゼルのぶどう畑と、笑顔になる水辺」ですから、「潮音庭」が無くては「ボーデン湖からライン河へ」も存在しなかったかもしれません。
(ちなみに、「潮音庭」を描くきっかけになった”繋がり”の作品は「フレームド・オータム・カラー」でした・・・こうして次々にさかのぼってもゆけるのですが、キリが無いのでこの辺で)

そうやってイメージとして浮かんだり、”つかめた”コトの数々を、どんな形であれ一旦作品として描き残しておかないと、次へ/前へと進んでゆけなくなってしまう時すらあります。
ですから、時々描く淡彩でのスケッチや小さなキャンバス作品では、何らかの思いつきやチャレンジを描こうとしていることが多いです。それは、光の表現法であったり、色彩の組み合わせ方であったり、構図だったり、と様々ではあるのですが。

絵から絵へ・・・そういった”繋がり”や”積み重ね”のようなものが、自分への”チャレンジ=創作意欲”となっていることを実感しています。デビュー以来、連綿と続くそんな流れが、画家としての自分を支えているのかもしれない、と年を重ねた今、思っております。

笹倉鉄平

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