少年時代

時が経つのは速いものですね。
特に2月というのは他の月と比べて、たった2、3日少ないというだけなのにとても短く感じます。(・・・と、毎年同じ事を思います。)
などと時節のご挨拶はさておきまして、もう3月。
冬場とは光の色や質がずいぶんと変わってきて、春本番ももうすぐと実感させられます。
過去のこのページを少し読み返してみましたら、このところ堅い話ばかりが続いてしまったようで、また自分の事も「僕」から「私」に変わっていたからか、余計にそんな印象を受けました。
普段から半々ぐらいに使っている言葉なので迷いますが「私」の方が丁寧な言い方ですのでこれはこれで良しとして・・・。

さて今回は皆さんからのリクエストの一つにお答えしようと思います。
絵を勉強されている方からが多いのですが、「絵の勉強を始められたきっかけは?」とか「壁に行き当たったことはありませんでしたか?」といったご質問を時折いただきますので、少年時代を思い出しながら書いてみることにします。

当時は、自分が画家になるのだという決意じみたものではなくて、ただ、絵かデザインに関係ある仕事に就きたいと願っていました。
幼い頃からとにかく絵を描くことが好きだったようで、物心ついた頃には既にボンヤリとそんなふうに思っていましたから、これといった「きっかけ」もありません。
うまく言えませんが「自然に」といった方がよいのかもしれません。

なかなか語るのは難しいので、恥ずかしながら当時の写真を載せることにします。

写真にとってもらう事に全く興味がなかったせいで、中学から美大までの10年間の写真が、合計で20枚程しか持っていないのですが、その中に1枚だけ油絵を描き始めた15歳の頃の写真があります。
これは、夏休みに日本海に面した漁村へ3日間程スケッチ旅行へ行った時のものです。
民宿に泊まって、漁船の間にイーゼルを立て、帽子をかぶり、パレットを持ち・・・。
30年以上の月日が流れましたが、あまりにも現在と同じようなことをしていて、見ていたら思わず涙顔と笑顔を足したような顔になってしまいました。

当時から海や水辺の景色が好きで、眺めているうちに自分の心が広くなって行くというか、開かれて行くというか・・・憧れもあって、夢中になって描いていた事を覚えています。

絵の勉強が進んで行くにつれ、(当然の事ですが)自分の思うように描けず、難しく考え込んでしまって、絵を描くこと自体、出来なくなってしまった事もあります。

何事でも自分の目標や楽しい方向へ進もうとすれば、必ず何度も壁に当たるようになっていますし、また逃げよう、避けようとしても同じ問題に出会うように世の中は出来ていると感じます。

そんな時、私なりにジタバタとした結果、「考えるよりもまず手を動かす事」が解決になりました。

基本のデッサンに戻ったり、疑問が生じるととにかく何枚でも描き出してみて、そうこうしているうちに何かをつかんだり、見えてくるようになって行きました。
何やら大変そうに聞こえるかもしれませんが、皆さんが普段お仕事でされている事と同じように思います。
やらなくてはならない仕事も一旦考え込んでしまうと辛くなるもので、とにかく手や足を動かさないと始まらないでしょう。
それを後回しにしてしまうと「・・・しなくては」のストレスが常につきまとい、徐々に大きくなって負担になってしまいます。
私の経験では直前の心の負担なんてこれに比べれば楽なもので、また、それはとりかかるのが早ければ早い程ストレスも少ないように思います。
そして逃げずに乗り越えた喜びは、自分の中の恐いものを少しずつ打ち消していってくれるものに違いありませんから(・・・なんて、エラそうな事を書いてしまって恐縮です。)

今回は懐かしさも手伝って長めの文章になりましたが、また皆さんからのご質問メールもお寄せ下さい。
少しづつでもお答えできればと思っています。

では、今日もこれから描きかけの絵に向かわねばなりませんので、また次回。

笹倉鉄平

2002

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