ティールームと英国と「不思議の国のアリス」

先日、新作「12月のティールーム」に、オフィスでエディション・ナンバーとサインを書き入れました。
キャンバス摺り作品の為、金色のペンを使用したのですが、地色に馴染んで目立たずに書け、サインとしてはお洒落な感じ(笑)で気に入りました。
また、本作リリース発表後、皆さまからメールなどで早速多くの感想をお寄せ頂き、嬉しく思っております。

前回ここでは、"カフェ"にまつわる話を致しましたが、今回は上記作品にちなみ"ティールーム"の話をしてみましょう。
思わずコーヒー派宣言(?)をしてしまった前回でしたが…かつて広告業界に身を置いていた頃、あまりの多忙から胃を壊し、医者から「コーヒーよりもミルクティーの方が胃に優しい」と聞いて以来、今でも朝一番で口にする飲み物は必ずミルクティーだったりと、紅茶も割と飲む方なのだと思います(それでもコーヒー好きには違いなく1日3~4杯は飲んでいますが)。

さて、"紅茶といえば、やはり英国"…という印象、皆さんはお持ちではありませんか?
思い込みでしょうが、イギリスで飲む紅茶が一味違う様に感じられるのは不思議なことです。根が単純なので、旅先である事や周囲の雰囲気などに呑まれてのことなのでしょう。
様々な形で記憶に焼きつき、更には絵のインスピレーションを得られた、いくつかの"ティールーム・エピソード"を振り返ってみました。

南西部デヴォン州を訪ねた時。新鮮なクロテッド・クリーム(デヴォンシャー名産のジャージー種の牛乳で作る独特のクリームで、デヴォンシャー・クリームとも)とジャムを塗った、素朴なスコーンと一緒に飲んだ紅茶…屋外の席で、目の前に広がるなだらかな丘陵風景を目でも味わいながらの味は忘れられないものとなり、作品「デヴォン」はここで生まれました。

南部の海岸沿いの町イーストボーンでは、海辺のホテルのラウンジで取ったアフタヌーン・ティーがとても印象に残っています。
かつて貴族階級のリゾート地として栄えた町の老舗ホテルのホールは、ヤシの木などが疎らに置かれ、アンティーク調度品で飾られたコロニアル・スタイルの内装や高い天井…と、往時には貴族たちが華やかに寛いでいたであろう雰囲気に思いを馳せながらのひと時に、絵のイメージも膨らんだものでした。

【マーロー河畔】 2004年/アクリル淡彩/32.0×41.0㎝

テムズ川沿いの瀟洒な町マーロー。ホテルの庭のテーブルに陣取って、紅茶を飲みながらしたスケッチがこの作品です。

湖水地方・アルス湖畔、小さなホテルのアフタヌーン・ティーがとても人気だと聞き、近くをたまたま通りかかったので立ち寄りました。

すると、出てくる出てくる…スコーン、サンドイッチは勿論、クッキー、ビスケット、パウンドケーキ、ミニケーキetc.しかもそれぞれに何種類かずつ。
確かに美味しく戴いたのですが(きっと1000カロリーは裕に超えていたでしょう!)、夕食をとれなかった程のボリュームだったことの方が記憶に鮮明です。それでも、そこの大きな窓から見た、斜めに差す薄い夕日に輝く銀色のさざ波を湛えた湖水もまた忘れ難く、どう描いてみようかな?と、膨らんだお腹をなだめながらもあれこれ思いを巡らせました。

スコットランドの都市グラスゴーでは、アール・ヌーヴォーのデザイナーC.R.マッキントッシュが内装までデザインしたことで有名な<ウィロー・ティールーム>を訪ねました。独特なデザイン・スタイルの空間の中で過ごしたひと時も、様々なインスピレーションを心に刻むものでした。

…などと、こんな風に書き綴ってゆきますと、優雅な時間ばかりを過ごしている様に聞こえてしまいそうですが、歩き回った足を休めながらも、頭の中では目まぐるしく絵のアイデアを練っていたり、実際にスケッチをしてみたり…と、実は前回の"カフェ"同様、紅茶の味は二の次となり(笑)、やはりそこはいつの間にかミニ・アトリエと化しているのでした。

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はて、それではそんな「英国」自体に興味が湧いたのはいつ頃だったのでしょうか?

きっかけ的には、学生時代にヨーロッパに憧れて見ていた英国案内本の表紙の一枚の写真――紳士の装いで懐中時計を手にする白いウサギ(誰しも一度は目にしたことがあるのでは?)のぬいぐるみ――が、大きく影響した様です。
その白ウサギが、「不思議の国のアリス」に登場する有名キャラクターであると知り、早速に図書館へ行って挿絵入りの本を開いてみました。

「不思議の国のアリス」出版当時に添えられていた挿絵は、1866年頃のジョン・テニエル(職業としてのイラストレーターの先駆け的存在)によるもので、摩訶不思議なストーリーをひき立てる少しだけ不気味で魅力ある独自の世界観に新鮮な驚きを覚えたものです。"カフェ"の回でもたまたま触れた「チェシャ猫」や、「ハートの女王」「ドゥドゥ鳥」「ハンプティ・ダンプティ」等どこかで見たことがあったキャラクター達との出会いに、内容よりも絵の印象の方が心に残ってしまったのです。

昨冬、世界的に有名な大学の街であり、「アリス」の話が生まれた地でもあるオックスフォードを訪ねました。
著者であるルイス・キャロル(本名チャールズ・ドッヂスン)は数学教師。そして「アリス」は、オックスフォード大学・クライストチャーチ・カレッジ学長の娘、アリス・リデルがモデルでした。
とある夏の日、彼はアリスと二人の姉妹を近くのテムズ川へとボート・ピクニックに連れて行き、彼女達に即興で一人の少女の不思議な冒険譚を聞かせました。これが原点となって誕生したのが「不思議の国のアリス」でした。

【“マッド・ハッター”ティー・ルーム】 2009年/アクリル淡彩/31.9×23.8㎝

訪れたのが真冬だった為、彼らがピクニックをしたというテムズ川沿いは冬枯れの寂しい景色でしたが、クライストチャーチ・カレッジ内や<Alice's Shop(アリスのグッズだけを集めた雑貨屋、兼ティールーム)>等を訪ねては、テニエルの挿絵の世界に思いを馳せてみました。

そして、その翌日はコッツウォルズ地方へと移動したのですが、そこでたまたま出会った<マッドハッター・ティールーム>の看板にあった絵に惹かれ中に入ってみれば…やはり思った通り「アリス」の人気キャラクターである「マッドハッター(いかれ帽子屋)」から取られた店名だったようで…
壁紙にはアリスや登場するキャラクターたちの絵があったり、カーテンがアリス柄だったり…と、有名なシーンのひとつ"Mad Tea-Party(いかれたお茶会)"をどこか彷彿とさせる様な空間でした。

そんな「アリス」続きの状況に縁を感じつつお茶を飲んでいると、自分なりの"不思議の国"を演出してみようというアイデアが浮かび、そのテーブルから見える風景を少しだけトリックを使って描いてみることにしました。
テーブル正面の窓から見えている外の風景が、もしも外側から見るこの店の風景だったら…?

つまり、この絵に描かれている窓の外の景色は、川の向こう側から見たこのティールーム自身の景色になっているというわけです。

こうして思い返すと、「紅茶」と「英国」と「アリス」というのは、頭の中の引出しの同じ所に入っている3つの要素として、どうやら"不思議の"関係にある様です。
さて、今回も大変に取りとめのない話になってしまいました。
これからの季節、(熱湯でないと美味しくはいらない)紅茶が恋しくなる機会も多くなりますし、より美味しくありがたく楽しめます。
きっと一杯のミルクティーの温もりが、気分をリフレッシュしてくれることでしょう。

笹倉鉄平

2009年11月06日