“アン”との出会いに感謝

昨春にアメリカとカナダの東海岸を訪ねたのには、主な動機が二つ程ありました。

ここのところずっと、主にヨーロッパの国々を舞台にした絵を描いておりました(たまに日本の絵もございましたが)。
そんな中、少し気分を変え、久々にアメリカ・カナダを新鮮な目で描いてみたい、と思い立ったことが一つ目の動機。

もう一つは、ずっと昔から訪ねてみたかった、文学「赤毛のアン」(著者はカナダの女流作家L.M.モンゴメリ)の舞台でもあるカナダのプリンス・エドワード島――それこそ中学生の頃からの憧れの地――を訪ねてみたかったから、でした。

「いつか行ってみたい」と夢見ていた場所を、なぜ長い間ずっと温存(?)していたのか? 
まだ真っ新な子供心で憧憬していた風景というのは、期待感や想い入れによる美化で、実際に訪ねると意外とガッカリ感を抱く、というケースが多いことは、皆さんも経験上ご理解下さると思います。
そういった類の怖さも心の片隅にあり、逸る気持ちをいなしにいなして、ようやく向かった憧れの地だったわけです。。

さてここで、文学「赤毛のアン」との出会いの話を少々。

(左)『赤毛のアン』シリーズ初版本が展示された「グリーン・ゲイブルス博物館」の書棚。
(右)その表紙をプリントしたポストカード


初めて読むきっかけとなったのは、中学2年生の夏休み読書感想文の宿題でした。図書館へ行き、たまたま手に取ったのが「赤毛のアン」でした。なぜ選んだかは、もはや記憶に残っていないのですが・・・恐らく推薦図書のようなものだったのだと思います。

物語としては、少女アンが、孤児で赤毛という生立ちや外見から抱えてしまったコンプレックスを、自身で克服しつつ成長してゆくというものです。(あまりに著名作ですので、あらすじは割愛します)

少女時代のアンは、大人が見れば日常の一部でしかない周囲の自然風景に、その豊かな想像力を駆使しつつ、"なんて素敵!!"と思える名前を次々に付けては愛でてゆきます。そうやって・・・楽しいことばかりではない日々の暮らしを美しいものに変え、愛情を注ぎながら、四季の美しさや生きることを心の底から楽しみ謳歌し、人間的にも成長してゆくのです。
そんな彼女の心の在り様に、当時とても魅了されたのでした。

大人になってから思い返せば――
美しさや良い部分を、自ら能動的に見つけよう・楽しもう、と自身の意識が変化するきっかけとなったのが「アン」との出会いでした。更には、まだ見ぬ外国への憧れを子供心に熾火のように残したこと等、画家としての現在の自分に"とても大切なこと"を、教えてくれた作品の一つだったように思います。
(自著「ヨーロッパ旅の画集」"あとがき"には、そんな類の影響に関する一節も書かせて頂きました)

さて、以下は思いっ切り当時の余談なのですが。
読み終えた後には勿論、図書館に返却に行きましたが、すぐ翌日には再び借りに行ってしまったほど気に入ってしまったこと、よく憶えています(確かその後も、何度か借りては返して・・・)。海外の文学とはいえ、中学生男子が少女を主人公にした物語にすっかりハマってしまった、という事実が気恥ずかしくて、大人になるまで「アン」のことは殆んど話したことがありませんでした。今、この歳になって、なぜか初めてカミングアウト(笑)しています。

以上が、「アン」や「プリンス・エドワード島」との、意外と大昔の出会い話。
では、現実に訪ねた印象はどうだったのか?・・・勿体ぶる程のお話ではないのですが(笑)、それは、また次回に。

笹倉鉄平

2018年02月23日