美大時代

受験シーズンもそろそろ終盤を迎え、周囲に受験生がいる方々には、空気がピリリとしている頃かもしれません。
この後暫くすると今度は、卒業・入学もしくは就職と、若い人たち(だけではないかもしれませんが)には、人生の節目を迎える、少々大変でありながらも希望に満ちる期間がやってきますね。
今になって思うと、どんどん知識を吸収出来たその頃に、貯めておけば役に立ったであろう歴史や語学等を、もっと勉強しておけば良かったと、羨望と共に少々後悔の念にかられたりもして・・・(苦笑)。

・・・などと考えておりました所、以前に「少年時代(02.03.01.付)」というタイトルの話を、ここに掲載させて頂いたことを思い出しました。
書いたことすら忘れてしまいそうに時間が経ってしまいましたが(笑)、今回は続きとして美大生時代の話をしてみることに致しましょう。

まずは、美術大学進学の際に、“油絵科”ではなく“デザイン科”を受験した所以なのですが・・・高校二年生の時に、ニューヨークのとある有名デザイン・オフィス(ミルトン・グレーサーとシーモア・クワストによる『プッシュピン・スタジオ』)の仕事を三冊セットに収めた本を、書店で偶然に手にし、1ページ1ページから溢れるその都会的で洗練されたセンスに、いっぺんに魅了されてしまったのでした。
その時、雷に打たれた様に考えたことは、「絵を描く技術は独学ででも何とかして、この得体の知れないカッコよさ(当時はそう思った)の方を学ばなくては!!」・・・だったからなのです。

20歳の頃、6畳ひと間のアパートにて。 友人が知らない間に撮ってくれた、その頃の数少ない写真のうちの1枚

 

入学したての頃は、“さぁ、これで大好きな絵やデザインの勉強が思い切り出来る!!”と、燃えていたのですが、ハタと気付けば、その教室にいる80人ほどの生徒たち全員に、あるレベル以上のデッサン力も色彩構成力もあるのは当然でした。
更に、周りをちょっと見渡しただけでも、皆それぞれに個性豊かでカッコよく見えてしまい、世間知らずの自分をとても小さな存在に感じてしまったのです。

高校生までは特技としての“絵”によって、ある種の存在アピールが可能だったのに対し、既に“絵が上手に描ける”ということが普通であるこの環境で、どうしたら自己を表現出来るのかという、アイデンティティの危機を、その時痛切に感じてしまったからでしょう。

つまり、この美大だけでも他の学科に多くの生徒がいて、その上、日本中に、こうした美術学校・専門学校がたくさんあるのに・・・などと考えるうち、自分はこの先“果たしてこの世界でやっていけるのだろうか?”と、漠然と不安な気持ちに陥ってしまった・・・というわけです。(今にして思えば、多くの生徒が同じように感じて悩んでいたのかもしれません。)

そんな状況で、“悩んで学んで”を繰り返し、今の自分に一番足りないものを探してゆくうちに、それはいわゆる“描く技術”ではなく、物事をとらえる感性やセンスなのであろうことが、はっきりとわかってきました。

そこで、幸いにも校内に在った立派な美術資料図書館で、自分に役立ちそうな絵画やデザインに関する本を閲覧しまくり、時代をとらえる感覚を養おうと、各ジャンルの雑誌に片端から目を通し、街に出てはマン・ウォッチングをしたり、勿論、映画や音楽もかじったりetc.、色々なことに触手を伸ばしました・・・などと書いていると、ただの遊び呆けている学生にしか見えませんが(笑)、当時の本人にとっては、感性を磨くことを常に意識して行っていた、真剣な行動だったのです。

そして、この“自分の感覚の研磨作業”は、卒業後のデザイナー、イラストレーター時代から、現在に至るまで、細々であっても続けていかなければ・・・と、時間の使い方を工夫しつつ今でも努力しています。
なぜなら、絵を描く時にとても重要な役割を担うこの感性は、一端途切れてしまうとすぐに錆付いてしまうものだからです。

画家になって以降のほとんどの作品がそうなのですが、旅の中で出会った風景や光景を『どの様に表現するか』が、絵の核になっています。
そこには日常の中で磨いた感覚が大きく関ってきますし、画家としてのオリジナリティをも左右してしまうのが、この感性の部分なのだと考えています。

ですから、アーティスト(=表現者)としての制作過程の中で、アトリエにこもる時間は必要不可欠なものですが、それ以上に重きを置くべきは、上記の感性であり、キャンバスの前で筆を握っている時、既に頭の中では、その絵はほとんど完成しているわけです。

誰の言葉だったのか忘れてしまいましたが、正に「音楽の外に“音楽”は在り、絵画の外に“絵画”は在る」なのです。
この言葉に出会い、その意味を多少でも理解出来るようになれたことは、美大時代の大きな収穫だったと思います。

そんな遥か昔、まだまだ青かったその頃を振り返ってみて、若い人たちに伝えたいと思うのは・・・人は、先のことを思い悩んだりし過ぎると、どこか間違ってしまいがちで、逆に目の前のことに集中することによって、初めて先が見えてくるのではないか、ということです。

たとえ、やっているその時には有意義に思えず不満を覚えるようなことであっても、後々何か大切なことを得られていたことに気付き、無駄なことなど一つも無かったと、思えるものです。

余談になりますが、美大時代には必要に迫られ、様々なアルバイトをしてきました。デザイン事務所、撮影スタジオ、喫茶店、スーパーマーケット、土木建設現場、等々、色々な場面で、それこそよく失敗をして叱られたり、恥もたくさんかいたものでした。
世の中のしくみがわかっていないのですから、それも当然のことですし、人は失敗や恥の痛みを知る中で一人前に成長してゆくわけで・・・などと、段々説教臭くなってきてしまいましたね(笑)。

今となっては、「馬鹿だったなぁ」と思うような恥ずかしい思い出も多く、また、社会や絵に対しては、いつも疑問や不安をたくさん抱えてもいました。
しかし反面、日常の暮らしは、お金は無くとも日々とても楽しくて、好奇心に溢れて輝いていた、エアポケットの様な青春時代でもありました。

笹倉 鉄平

2007年02月15日