"何を、どう描くか?”

はや9月・・・もう来月は北京での展覧会ですが、その準備も着々と進みつつあります。
今更ジタバタ慌てることも出来ない時期に突入し、今は落ち着いて普段通りの制作をしております。

暑い中、暑中見舞い等々で「次から次へと制作が大変そうで・・・」とお気遣い頂き、体調などご心配頂いておりましたが、"絵を描く"ことは、もはや"仕事"という感覚ではなく、大袈裟かもしれませんが、生活の一部ですので、あまりストレスも感じずに元気に描いておりますからご安心下さい。
また、頂戴したメールやお手紙に、お返事をお出し出来ませんが、お詫びとともに心から御礼申します。

最近、この頁で"絵"そのものにつてのお話をあまりしていなかった事に気付きましたので、今回は、時折頂く「"イラスト"と"絵画"はどう違うのでしょう?」といった趣旨の質問に関してお答えしつつ、その辺にまつわる話をしてみたいと思います。

勿論、辞書をひいて頂ければ、言葉の意味自体はそれぞれにわかるのですが、その意味の間にある在り方の差がわかると、より理解し易いと思いますので、私なりの説明?考え?を述べてみます。

まず、イラストというのは印刷されることを前提にして、発注者(クライアント)側の抱いているイメージを効果的に描くものであり、ほとんどが商業的利用目的下におかれています。
対して絵画は、描き手自身の内側から沸きあがるイメージや、自身が描きたい対象を自由な表現で描き出したもののことです。
ですから、例えば・・・イラストレーターの人が、本人の意思にのっとって制約無く描いたものは、間違いなく"絵画"と呼ばれるべきものだと思うのです。

そして、そんな絵画の世界では便宜上、様々なカテゴリー分類がなされ、○○・アートなどといった呼称や線引きが、いつの間にか付いていたりもします。
歴史・学術的な観点からも、それは勿論重要で必要なことです。
しかし、日本では、古い慣習からなのか特に、目に見えないジャンル分けや枠組みがなされていることが多く、描く側の立場から見ていると、私などはそもそも不思議に感じてなりません(そういった枠があることによって、観て下さる方々をも枠に追いやることにつながってしまう様に感じて、残念に思います)。

ものの本でよく目にする『絵にジャンルなど無い。もしあるとすれば、「描き手が、自分の"心"を表現出来ているもの」か「それが出来ていないもの」の二つだけ』という趣旨の言葉の方が、私にはしっくりくるのです。
描き手の"心"というのは、不思議とそれを観る側の心にまで届くものですし、逆に、伝えたい"心"が曖昧だと、観る側の心を揺さぶる事も無いでしょうから。
しかし、これがまったくもって難しい事で、口で言うほど簡単な事では勿論ないわけです。

絵を勉強し始めて30年以上になりましたが、現在、絵を描くにあたり一番大切にしていることは、『①何を、②どう描くか』という基本中の基本です。
②は表現方法ということですから、作品のオリジナリティの為に重要であることは、誰が聞いても明らかです。
皆さんにとって、少々解りづらいのが①だと思います。
特に私は、風景、人物、静物と、わりと幅広い対象を描いてきているだけに、何だって描いてしまうのではないかと誤解されがちかもしれません。
画家にとって大切なものである、描く姿勢や動機を決定づけているのは、実はこの①の方なのです(当然、画家さんそれぞれによってアプローチ方法に違いはあるでしょうが)。
それが上記でいう所の"心"ある絵として、ということになると、対象選びから制作自体がスタートしており、実は①がとても重要な部分を担っているわけです。

ですから、実に申し訳ない話なのですが、具体的に「XXXの絵を描いて下さい」というお言葉を頂いた時、それにストレートにお応えすることは非常に難しく、もしも無理にそうしたら、そこに画家の魂・心は不在になってしまい、もはや"絵"ではなくなってしまうことになりかねません。
ただ、たまたまリクエストと私の描きたい"心"が偶然合致することもあり得ますから、長い目で待って頂けると嬉しいです。

ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、私の場合、自分の描く絵を少し離れて冷静に見つめる"もう一人の自分"が、
制作中必要な時に、たまに顔を出して、「本当にこれでいいのか?このままでは伝わらないのでは?」といった問いかけをしてきます。
この別人格の様な声の主は、実は私の絵を非常に否定的に見る、厳しくて面倒な奴なのですが、結構頼りにもしているのです。

若い頃、イラストレーターとして活動していた時、イラストを描くには"第三者的な目"が絶対に必要で、必然的に頭の中に生まれてしまった"こいつ"(苦笑)は、いまだに居座り続けているのです。
制作中はやたらと否定的な"こいつ"と、そんなやり取りをしているうちに、「これだ!!」という光明と出会い、それを追いかけてゆくうちに段々と"こいつ"が姿を消してゆき、絵が仕上がってゆくのです。

たまに、この意地悪な奴にコテンパンにやられることもあるのですが、皆様からの作品への感想や励まし・応援のお言葉によって、自分の込めた魂がちゃんと受け取ってもらえている事を知り、弱々しくなった"自分を信じる力"を建て直しています。
この"自分を信じる力"がないと、絵というのは描けないものなのです。(私だけでなく、きっとほとんどの画家さんがそうだと思います。)
そんな風に、いつも皆様からパワーを頂戴しておりますので、せめて「ありがとう」の一言を直接お伝えしようと思い、サイン会に出かけているわけです。

・・・などと、ここまで話してきて思うのは、"絵"の内面的な話をするのはつくづく難しい、ということです。
どうしても抽象的な表現になってしまいますし・・・。
もっとわかり易く、楽しく、知識を深めて頂けるような、具体的な話が出来る「色彩」や「光と影」といった話題を、またの機会に取り上げてみたいと思っています。

笹倉鉄平

2006年09月01日