アトリエから 2012一覧

ドイツ・ハンブルクから


2012年もこのホームページをご覧いただき、またメールも頂戴し本当にありがとうございました。
皆様にとりまして2013年が心穏やかな良い年でありますよう願っております。

(ドイツ・ハンブルクのアルスター湖畔にて)

笹倉鉄平

2012年12月23日

ドイツ・ベルリンから


ドイツへ移動しました。
心配しておりました寒波も去り、順調に制作活動を続けています。

皆様へ、クリスマス・カードがわりに

(ベルリン、ジャンダルメンマルクトのクリスマス・マーケットより)

笹倉鉄平

2012年12月17日

フランス・ロワールから


クリスマス原画展の終了後、クリスマス・シーズンのヨーロッパへと旅立ちました。
何だか今年はクリスマス三昧です。(笑)

この夜景は、フランス・ロワール地方、アンボワーズ城の近くです。

笹倉鉄平

2012年12月10日

真夏のクリスマス?!

ここ何年かは、雪景色やクリスマスを主題にした作品を秋に発表してきました。
春・夏に"冬景色"を楽しむことは、一般的な日本人の感覚には違和感もあろうかと、自然と冬の足音も聞こえる今頃の発表となるのです。

意外に思われるかもしれませんが、そんな冬景の作品・・・実は夏に描いていることが多いのです。
夏のうだるような暑さに疲れてきて、"もう冬なんて二度と来ないのでは?"などと追い詰められた頃に(笑)、一種の"あこがれ"の感情を心に湧かせながら描くというのが良いようです。

「お手伝い」 2011年 油彩

クリスマス・シーズンを迎える12月のヨーロッパ各地の気候は、大概日本よりもかなり寒いです。
かじかんだ手を息で温めながら戸外でスケッチし、資料の写真などを撮りながら、構図やテーマ、表現などを現場の空気に触れながら想像し練り上げ・・・などしているうちに、体の芯まで沁みる寒さと寒風に居ても立ってもいられなくなってきます。
正直、寒い土地に行けば行くほど戸外にいられる時間も短くなり、寒さも段々と"痛い"感じになってくるほどです。

そんな厳しい"極寒"の記憶であっても、うだるような暑さの夏になり、季節はずれのクリスマス・ソングを次々流しながら、キャンバスに向かい筆を運んでいると、冬に持ち帰ったイメージが良い方向に醸造され、憧れや夢まで増幅させて描けるような気がしています。
それは、なんとも説明しづらい感覚なので、困ってしまうのですが・・・。

今回の新作「ブルー・スノー」も、そんな風にして完成しました。
今夏は猛烈に暑かったせいか、よりクールな色調になったような?・・・気がしております(笑)。


さて、キリスト教圏であるヨーロッパのクリスマス・シーズンは、クリスマス・アドヴェント(=待降節)と重なります。クリスマスまでの4週間、11月30日に近い日曜日から始まる所が多いそうです(宗派・慣習などで様々なようですが)。
今年は『クリスマスを描いた原画展』のスタートが11月最終週ですので、ちょうど良いタイミングとなりました。

前述の新作「ブルー・スノー」の原画や、かなり懐かしい昔の作品の原画も数点、ご所有の方のご好意により今回お借りして展示できることとなっております。また、「エデルシュタイン村へ」等の大きな作品(原画はジクレ作品よりもだいぶ大きいのです)から、小さなキャンバスやスケッチ作品も、計9点ほど初公開させてもらいます(今もまだ制作中ですので、完成後ホヤホヤな状態でしょう)。

「オーデンセの雪景色」 2011年 油彩

クリスマス風景というのは、小さな世界が似合う素材が意外と目に留まりやすく、単行本位の大きさを多く描いています。
そういった作品は、大きな絵に描ける主題を小さく描いているわけでは決してなく、小さな世界観があって初めて成立するものです。逆に大きな絵は、その大きさでしか表現し得ないものです。私の絵の場合(クリスマス風景に限らず)、それぞれ逆のベクトルは決して成立しないように感じます。

世界に浸れる大きな作品から、キラキラ華やかなものがキュッと小さな絵に収まっているクリスマス・カードのような小作品まで・・・そんな観点からも展覧会を楽しんで頂けましたら幸いです。

真夏から少しずつ描き続けてきたクリスマスの作品たち・・・ここへ来てやっと季節が追いついてきたなぁと、秋冷の空気に触れつつ思う今日この頃です。

笹倉鉄平

2012年11月05日

質問にお答え致します Part.4

朝晩は、頬にあたる風にほんの少しだけ秋の気配を感じるようになってきました。
長い夏の間、制作以外にも大事な用事ごとが入るなどして、いつも以上に多忙に過ごしておりました。
(今は一段落し、気分も少しは落ち着いてきましたので、これを書いております)

そんな状況の中でも、皆さまから頂戴する様々なメールから元気をもらっておりました。
一つ一つ拝読させて頂きつつ、「うんうん」うなづいたり、「へぇーそうなんだ」と驚いたり、笑わせて頂いたり、絵の感想を伺ってやる気が湧いてきたり、勉強をさせて頂いたり・・・と、心の中ではそれぞれのメールへお返事を返させて頂いております。

主に移動中や用事の合間などに読ませて頂いており、なかなか直接各々にお返事をする余裕がなく申し訳ないと、いつも思っております。
せめて、頂戴している質問にはお答えしようと、こちらのページでお返事をさせて頂いております、今回はその四回目です。

(以下、Q.の部分はメールより質問部分のみを抜粋させて頂いております)

Q.「フェルメールはお好きですか?」

A.はい、若い頃から好きです。緻密な表現と描写、構図の妙技、そして何より優しい光の表現にとても惹かれていました。
フェルメールは、現存作品数が三十数点しか確認されていない、日本でも人気の高い、17世紀オランダの画家です。
(頂いたメールにもございましたが)現在その代表作ともいわれる作品が、はるばる来日中で大盛況のようです。

フェルメールといえば人物画で有名ですが、風景画も2点ほど在って好きでしたので、以前オランダ・デルフトの街を訪れた際には、『デルフトの眺望』という作品の現在の風景を求めて探し歩いた記憶があります。さすがに既に350年ほども昔の風景ですから、すっかり姿を変えた"眺望"でした。

まだチューブ入り絵具など存在せず、鉱物等をすり潰した粉を油で練って描いていたような時代に、あの丁寧な仕事ぶり…とにかく感服してしまいます。

Q.「ニア・ソーリー村にも描かれているように、夜の絵に三日月が多いように思いますが、何か想いやメッセージが込められているのでしょうか」

A.この質問に、逆にハタと考え込んでしまいました。確かに、これまで夜景の空に「月」は沢山描いてきました。
改めて振り返ってみましても…頭に自然と浮かんでくるままに描いていた、としか言いようがありません。

更によく考えてみますと、描いてきた月のほとんどが、三日月か満月のどちらかでした。
今思えば、それぞれの絵のテーマや全体の雰囲気に沿わせて描いていたり、夜空を明るい色彩にしても、月を描くことで夜であることを感じて頂けるということもあったでしょうか。

そんな「月」たちに、込めたい想いがあるとしたら・・・
天体としての「月」は、地球からは離れたところに存在しているという点で、孤高の存在であって、我々のちっぽけさにふと気づかせてくれるモノの象徴として、描いていたのかもしれません。

そして、涼やかな美しさと神秘性を宿したあの独特な三日月の形や、豊かな満月の円満な形が、ポカリと夜空に浮かんでいる様の不思議さに、幼い頃から魅かれ続けているからだとも思います。

Q.「クレパスを使って描かれた愛らしい猫の絵を「ちいさな絵画館」で観たのですが、この他にもクレパスの絵ってありますか?」


A.昨春に岩手県の盛岡に在る有名な一本桜"石割桜"を、クレパスで描いたのがきっかけとなり、画材としてのクレパスの面白さに気づき、つい先日も一枚クレパス作品を描き上げたばかりです。

油彩などに比べますと、思い立ったら特別準備など無くすぐに描き始められ、どんどん塗り重ねて進めることが出来ますし、持ち運びなども楽で便利です。
つまり、感じたことを素早く紙上に展開できるという良さや、独自の質感や雰囲気とあいまって、今ちょっとお気に入りの画材となっております。

子供の頃、呼称として「クレパス」とか「クレヨン」と曖昧に呼んで使っていましたが、それぞれメーカー固有の商品名であり、総称としては「オイルパステル」というのが正式だと思います。
それでも、技法としてあえて「クレパス」という表記にしておりますのは、観る皆さんが分かりやすくピンときやすいよう、馴染みのある言葉を使いたかったからです。

蛇足ですが、今まで時折使用してきたパステルとの差は?と申しますと…
パステルはサラサラとした粉を固めたものですので、指などでこすってグラデーション効果を出しやすく、全体にふんわりとした柔らかな雰囲気になります。
こちらもとても気に入っており、そんな特徴を活かせる題材に出会った時に使っています。

対してクレパスの方は、筆致を活かせるという特性もあり、力強い表現や均等でないボケ足が欲しい時に使用しております。

今後も展覧会などで展示されるかと思いますので、上記のようなことも観て頂けますと嬉しいです。

今回は、取りあえず以上となりますが・・・

皆さん、絵の感想はもちろんのこと、Teppei.Netや展覧会で、感じたこと、疑問など、小さなこと一つだけでも構いません、ご遠慮なくお寄せ下さい。

笹倉鉄平

2012年09月07日

ユニオン・ジャック‼

ご無沙汰しておりますうちに…梅雨も明け、すっかり夏本番ですね。
関東周辺でたまたま展覧会が続いた都合で、ここ暫らくは東京で制作を続けておりました。

そんな中、マスコミでは「ロンドン・オリンピック」の話題を目にしない日は無い毎日です―――

昨春のウィリアム王子のロイヤル・ウェディング辺りから始まった、英国への熱い視線は、エリザベス女王の即位60周年行事やオリンピック開催でピークを迎え、"英国当たり年"的な様相を呈している昨今です。

そして、その度ごとに大量に目にするのが、イギリスの連合王国旗である「ユニオン・ジャック」・・・あの旗です。
以前から、ファッション・アイテムやデザイン・アイコン等としても目にすることは多かったですが、最近はとりわけ目立っているような気がします…世界的な注目度アップの影響があってのことなのでしょうか?

リヴァプールの街のマシュー・ストリートに在り、 ザ・ビートルズがデビュー前に出演していた「キャバーン・クラブ」 というライブハウスの前で。

世界の国旗の中ではかなりメジャーなものとして、日本でもお馴染みの「ユニオン・ジャック」ですが、出会い方や思い入れ等で、それぞれに異なる印象を持たれていると思います。
私の場合、「ユニオン・ジャック」を見て、初めに反射的に頭に浮かぶのは"ロック"(音楽)です。

「ザ・ビートルズ」は言うまでも無く、青春時代に好きになったロックバンドに英国出身がかなり多かったこともあり、いつかその"聖地"である英国へ行きたいという憧れの対象を象徴する、正に"旗"印となって脳裏に焼きついてしまったからだと思います。

ところが、何度か実際に英国を訪れるうちに、強く魅せられていったのは、羊が点々と散らばるなだらかで延々と続く緑の丘陵であったり、花々が咲き乱れていながらも楚々とした庭だったり、小さな街や村で出会う牧歌的な風情だったり・・・自然の懐に抱かれた豊かな風景の数々でした。

英国人、なかんずくロンドンっ子たちが憧憬と共に口にする"田舎(カントリー・サイド)"という言葉の裏には、愛情や尊敬や郷愁などの感覚が在り、日本語のいわゆる"田舎"とは、そこに込められる感情は随分違うようです。
それは、かつて豊かな時代を謳歌し乗り越えてきた経験から得た、彼らの自然に対する真摯な思慕に由来しているのかもしれません。

そんな英国で、特に有名なのが「ナショナル・トラスト運動」という活動です。
1895年に設立されたボランティア団体「ナショナル・トラスト」により、保護されるべき地域・建造物は買い上げられ(乱開発や環境破壊から守りつつ後世に残してゆく為)、維持や管理が行われるているのです。

英国内にその著名な施設やエリアは沢山ありますが、絵本「ピーター・ラビット」シリーズの舞台、イングランド北部の"湖水地方"もその中の一つです。

 

ニア・ソーリー村のとある屋根の上には、 ポターの絵本シリーズの中でも人気が高い "あひるのジマイマ"の風見鶏が・・・いや、風見あひる?ですね。

絵本の著者ビアトリクス・ポターは、1866年ロンドンの裕福な家庭に生まれました。自然やその中で生きる動物たちに惹かれてスケッチ等してゆくうちに、知人の子供への絵手紙が原型となった「ピーター・ラビット」シリーズの絵本が出版され、大成功を収めます。

後年は、湖水地方の牧羊場・農場を購入し経営。この地の自然の美しさを愛し、かつナショナル・トラスト運動創始者の友人でもあった彼女は、著作権料や遺産で土地を買い上げ、無理な開発から大いなる自然と景観、伝統的な佇まい等を守りました。現在、そこは湖水地方国立公園の一部で、国内外から多くの人々が訪れています。

そんな自然への素晴らしい貢献と、世界中で愛される絵本を残したポターが、晩年に暮らしたニア・ソーリーという小さな村へいつか行ってみたいと憧れを抱き、実際に訪ねて描いた作品が、発表された「ニア・ソーリー村」です。

絵本の中にも、周辺のそこここの風景が登場していますが・・・
彼女が愛し残そうとした村の長閑で美しい風景をこうして描いたのは、その遺志への私なりの尊敬の気持ちもあってのことでした。

「エコ」を声高に語りながらも、なかなか地球規模での実践が難しい現在の状況の中、100年も前に、守るべき自然環境を想い、行動を起こしていたポター女史の勇気と志と愛情に、敬意を覚えます。
あ、何だか大そうな話になってきそうですので、今回はこの辺で・・・

暑い日が続きますので、どうぞご自愛下さい。
暑中見舞いに代えまして。

笹倉鉄平

2012年07月20日

フィレンツェの日本庭園


ここ暫らく、イタリアからクロアチアへと行っておりました。

久しぶりに訪ねたフィレンツェでは、懐かしい人たちに会うことも出来て、嬉しく有意義なひと時を過ごしました。

さて、姉妹都市であるフィレンツェと京都は親交が深く、ミケランジェロの丘の見晴台近くには「松籟庭園」と名付けられた日本庭園もあります。
今回、その庭園に手が加えられたリニューアルオープンのお披露目祝賀会があり、行って参りました。
京都市の副市長をはじめ、両市の関係者、勿論フィレンツェ市の若き市長も列席され・・・

式典の後には新設された東屋での小さなお茶会も行われ、着物姿の日本女性と中世時代の衣装をまとった楽隊の人等々が行き交い、その背景には花の聖母教会のドームなどルネッサンス的風景が望めたりと・・・少々不思議な光景が目の前に展開されていました。

生まれ変わった日本庭園は、もともと在る薔薇園を背に、落ち着いた景観が素晴らしく、異国の地で造り上げた関係者のご苦労が改めてしのばれました。

 

自分として、とても不思議に感じたのは・・・
左は、数年前にこの「松籟庭園」を描いた絵です。当時ここは、白い敷石などで"水"を枯山水的に表現していて、実際の水は一切使われていませんでした。

そこで、日本人の「見立てる」「心で感じる」といった、極めて日本的で美しく奥深い行為を理解してもらえれば・・・と思い、当時はあえて絵に"水"が流れている様子を描いたのです。
リニューアルされた庭園では、実際に滔々と水が流れている景色を目にして、あの時流水を描いたのは、偶然の必然だったのかな、と一人勝手に感慨深く感じ入っておりました。

直接的表現であれ間接的表現であれ、どちらも日本的な美しさの結実ですので、今後もフィレンツェの人たちに広く愛される庭であってほしいと願うばかりです。

時を同じくして、フィレンツェで"ヨーロッパ最古の薬局"として有名なサンタ・マリア・ノヴェッラさんの400周年(!!)の記念祝賀会が盛大に開催されておりました。
この本店のサロンにて05年に小さな個展を開かせて頂いたり、日本の店舗でも大変お世話になっております関係もありまして、お祝いを直接お伝えすることが出来、良い機会となりました。

そしてその後は、フィレンツェからイタリアの隣国クロアチアへと、いつもの絵の制作の旅へと再スタートしました。
"隣"と言いましても、アドリア海をはさんだお隣ですから・・・まずは、鉄道でアンコーナという港町まで行き、そこから出航する夜行フェリーで移動しました。
船で国境を越える(出入国手続きを港で行う)というのは初めての経験で、少々ややこしい所もありつつ・・・しかし新鮮で楽しくもありました。

また、クロアチアへ入ってから何日か後に、夜テレビを見ていると・・・
フィレンツェにも近い、ボローニャの北部を震源とする大きな地震があったそうで、歴史的な建造物にも被害があった旨の映像が流れていました。
実は、このフィレンツェ滞在中にボローニャの街にも立ち寄ってスケッチなどしていたこともあり、美しい建物への被害映像には胸痛むものがありました。

そんなこんなに盛りだくさんだった旅から戻ってみれば・・・
日本では、金環日食や東京スカイツリーの開業など、華々しい行事も既に終わっておりました。
このひと月程は・・・なんだかプチ浦島太郎気分です(笑)。

笹倉鉄平

2012年05月30日

チャリティ・ポスターに関してのご報告

不安定な天気が続く時候、ご無沙汰致しておりましたが、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

私は先日、岩手県・盛岡での展覧会に行って参りました。
あまりに久しぶりの盛岡でのサイン会だった為、何度もお目にかかっていたお顔にお会いしても、すぐには思い出せなかったのですが、時間を追うごとに段々と当時の様子が蘇って…懐かしさがじんわりと湧き上がってくる感じでした。
いらして頂いた皆さま、ありがとうございました。


更には、折角の機会でしたし、ちょうど一年ぶりに"石割桜"も訪ねてきました。
今シーズンは寒さが厳しかったせいか、昨年の今頃よりもその蕾はまだまだ固い様子でした。
『ネヴァー・ギブ・アップ』を描いた時と同じ位置から見上げてみると、一年前の様々な想いが蘇ってきて複雑な気持ちになりましたが…相変わらずの力強い枝ぶりと存在感の中で、開花のパワーを秘めた沢山の小さな蕾を枝々に付けた姿には、ホッとさせてもらいもしました。

観る方に「決して負けない」前向きな気持ちを想起して頂ければと思い立って製作した『ネヴァー・ギブ・アップ』のポスター (詳細と絵柄はコチラ) でしたが…
以降、動向を皆さまに何もお伝えせぬままになっておりましたので、一度以下ご報告させて頂きます。

一番初めは、京都の災害ボランティア支援センターさんへご相談に行き、福島、陸前高田、山元町などの仮設住宅および避難者の方へ配付のご手配をして頂きました。

その後、仙台の友人に相談を致したところ、大変有難いことに、快く配布の協力を買って出て頂けました。
ご自身が被災しているにも関わらず、作品の主旨に強くご賛同下さり、そのネットワーク力を生かして多くの枚数をご配布下さいました。
以下は、その配付先です。

仮設水浜住宅(集会所)
仮設追波川多目的団地(集会所)
仮設追波川河川団地(集会所)
石巻市立雄勝中学校
石巻市立飯野川高校
石巻市立船越小学校
石巻市立女子商業高校
石巻市立女子高等学校
石巻市立西高等学校
石巻市立渡波小学校
山田町立山田中学校
石巻市立河北幼稚園
飯野川保育所
雄勝保育所
インターナショナルピノッチオ保育所
石巻市役所
河北支所
雄勝支所
仙台市役所
NPO法人つなプロ
復興支援団体Good News Project
西村由紀絵事務所
ZOOM
北日本銀行
河北ビックバン
株式会社キューブ
YELL FOR CHILDREN
(敬称略/順不同)

特に上記中の岩手県山田町立山田中学校では、「YELL FOR CHILDREN(被災した子供たちにエンターテイメントを通して明るい未来を届けようという主旨の非営利法人団体 )」が主催開催した"特別課外授業"の際に、沢山の子供たちにポスターをお渡し頂けました。
(その特別授業というのは、在校生徒485名に対し、著名な音楽アーティストやスポーツ選手等の様々なプロフェッショナルの方が特別に授業を行なった活動で、子供たちにとっては何より明るい前向きなパワーを得ることが出来る素晴らしい機会となったそうです)

ところで、その"仙台の友人"というのは、東北随一の音楽・芸能関係プロモーターとして仙台にオフィスを構えておられる「株式会社ジーアイピー」という会社の代表を務める佐藤さんという方で、展覧会の為に東北をよく訪れていた頃からのお付き合いです。

東北での数々の復興支援コンサート等も興行運営してこられ、復興活動の推進にも大きくご尽力・貢献していらっしゃいます(中でも、桑田佳祐さんの震災復興への深い想いを込めたコンサート成功の影には、彼の縁の下の力を感じました)。
かつ、前述の「YELL FOR CHILDREN」役員も務めておられたりと、精力的に被災地復興への想いを行動で示していらっしゃいます。

また、実際の配付を佐藤さんと一緒に行なって下さったのは、共に支援活動をしていらっしゃる横田様で、やはり大きなご貢献を賜りました。ジーアイピーのスタッフの皆さまにも、きっと色々ご面倒をおかけしたことでしょう。
それぞれにご多忙の中、多大なご協力を頂きましたこと、深く感謝を致しております。

先日も仙台でお二人にお目にかかった折に、ポスターをお渡し頂いた際の喜びのお声や感想を詳しく伺い、胸が熱くなりました。同時に、今後の活動のことなどもご相談をさせて頂き、現在 新たに準備を進めているところです。

最後になってしまいましたが…
昨年の震災チャリティ・オークション時『ネヴァー・ギブ・アップ』原画を落札して下さった方には「出来るだけ多くの方に観て頂いて下さい」とのご厚意に甘えさせて頂き、以降ずっと作品をお借りしたまま、先日の盛岡での展覧会でも展示をさせて頂きました。地元盛岡の方にご覧頂けましたことも含め、昨年の数々の展覧会で展示出来ましたこと、本当に嬉しく思っております。ありがとうございました。

また、この場を借りまして、様々な形で当活動へのご理解・ご協力を頂いております全ての皆さまへ、心からの感謝をお伝え致したく存じます。

笹倉鉄平

2012年04月25日

忙しかったイラストレーター時代

しばらくご無沙汰しておりました。
振り返ってみますと、この3ヶ月間ほど休みらしい休みも取らず、仕事ばかりしておりました。
制作は勿論のことですが、何かと用事が多かったせいかなと思います。

そんな中、やはり超多忙だったイラストレーターをしていた頃のことを、ふと思い出すことがあります。
20代後半から30代半ばまでの約10年間ほどは、忙しさとの戦いの日々(笑)でした。

当時、最もキツかったのは夜と朝が逆転した生活サイクル。
昼間はどうしても仕事の電話など対外的な部分に邪魔される為、描く作業は、静かで集中できる夜間についついなってしまっていたからです。

早朝、配達されたばかりの朝刊に目を通してから就寝。もしくは、スケジュールが詰まっていると、2~3時間だけ仮眠を取りまた仕事と…そんな状態がしばらく続きますと、7時間位まとまって眠れる時には、無上の幸せを感じられるほどでした。

勿論、自らそこまで追い込むつもりは毛頭無かったのですが、定期的な仕事も多くありましたし、また、どうしても断れない類の依頼などもあります。そして、全てに"締め切り"が付いてまわるのがイラストというものの宿命ですから当然でしたし、その頃は高度成長期でしたので、広告媒体での需要がとても多かったことも一因だったと思います。

唯一とも言えるお楽しみは、完成したイラストの原画を届ける際に、愛車のハンドルを握るひと時でした。車内で好きな音楽を大音量で聞きながら味わう"仕事を仕上げた解放感"は、何よりのものだったのです。

また、時折スケジュール変更などでポコっと何日か時間に空きが生じることも、たまに在りました。
そんな時こそしっかり休めばよいものを、何を思ったのか、(依頼されたモノではなく)自らのアイデアやひらめきで描きたくてしょうがなかった絵にまでチャレンジしていました。

そんなことを思い出すにつけ、若い頃の情熱と体力というのは、我ながら凄かったなぁと驚いてしまいます。
今このような体力は勿論ありませんが、自らの内側から湧き出る「こんな絵が描きたい、あんな絵を観て頂きたい」といった想い…と申しますか、精神的な力に関しては、あの頃に少しも負けていない自信があります。

体力が落ちてゆくのは自然の摂理で、受け入れるしかありませんが、描くことへの想いと表現力に関しては、亀の甲より年の劫の部分も大きいでしょうから、これからも労を惜しまず磨き続けたいと思っています。


さてさて、そんなイラストレーター時代に描いたイラスト原画や、合間々々にひらめいて描いた作品少々を、「ちいさな絵画館」にて4月2日まで企画展示致しております。もしも、お近くにお越しでご興味がございましたら、お立ち寄り頂けましたら嬉しいです。

・・・観るだけでも肩がこりそうな細かいイラストもありますので、上記のような当時の苦労をお察し頂けるかもしれません(笑)。

笹倉鉄平

2012年02月29日

遅ればせながらのお年賀です

松も明けて今更とは思いますが・・・
お年賀状代わりとうことで、例年の干支シリーズ(?)画像を掲載させて頂きます。
龍というのは、"狛犬"型に収めるには形状的に流石に難しいのでは?と思っていたのですが・・・在りました"狛龍"。

稲荷社の総本山・京都の伏見稲荷の参道を脇に少し逸れて行き、ささやかな竹林を過ぎた奥に在る静かな神社、神寶神社の「天龍」さんです。
こちらの神社が、京の都の辰巳(南東)の方角に在り、辰が天龍・巳が地龍であることから、天地をつなぐ存在として据えられた狛龍さん、ということでした。

皆さまにとりまして、新しく明けた年が、どうか平和で穏やかな一年でありますよう心からお祈り申し上げます。
そして、今年もどうぞ「Teppei.Net」をよろしくお願い致します。

*     *     *

さて、私はと云えば・・・
昨12月から描き始めた絵があり、ちょうど気分がノッてきたところでしたので、大晦日・元旦も関係なく描いておりました。
昨年は、例年とは違う年だったことを思えば、そんな年越しも良かったのではないでしょうか。

ということで、今年の"描きぞめ"は早々に済んでしまいましたが、絵を描きながら新年を迎えられるというのも、画家としては、幸福で本望なことだと思っております。

笹倉鉄平

2012年01月10日