アトリエから 2011一覧

「2011年」

大阪(心斎橋大丸)と銀座(東京セントラル美術館)での「77枚の原画展」、双方とも無事に幕を下ろすことが出来ました。
師走の気忙しく何かとご多忙な時節にも関わらず、多くの方にご来場を賜りまして、本当にありがたく、また嬉しく思っております。

サイン会の際、皆さまより感想として異口同音に頂いた、「明るい気持ちになりました」「心が安らぎました」といった主旨のお言葉に、一画家として報われる想いでした。
皆さま、本当にありがとうございました。

*      *      *      *      *

そうこうしているうちに、激動の2011年ももうすぐ暮れてゆきます。
思い返せば、3.11震災の衝撃と影響が、あまりにも大きな一年でした。

春には、準備していた展覧会も中止せざるを得なかったりと、しばらくの間は、様々な形で起きた影響への対応を迫られ多少苦慮も致しました。また、そういったこと以前に、画家として個人として「何が出来るのだろうか?」と筆を置いて考え込んでしまったり・・・
通常どおりの活動を、積極的に行ってゆく気持ちには到底なれない一時期すらありました。

しかし、今は・・・復興の現場で厳しい環境に身を置きながらも、健気に奮闘しておられる方々の姿や言動から、逆に元気を頂戴し、学ぶべき大切な事を示して頂いており、前向きにならねばという想いが強く湧いてきます。
ですので、前述したようなマイナスな感覚や経験も、プラスの思考に持ってゆけるようになりました。

とにかく、3月以降の今年はあまりに様々なことがあり、私の文章力などではとても表現できない想いが溢れており・・・一生忘れることの出来ない年となったような気がします。

そんな2011年を越えて、来るべき2012年へ。
日常に潜む幸せの力や、明るい気持ちや前向きな希望といったものを「光」に託して描き、多くの方に観て頂いてその想いを届けてゆきたい―――目標の一つとして、改めて自分の中で一層強くハッキリと見出したように感じています。

その為には、まず自分自身が、明るく大らかな気持ちをもって筆をとらねば!!・・・と思う、2011年の年の瀬なのでした。

笹倉鉄平

2011年12月27日

原画「カフェ・ベラ・ノッテ」との再会

まずは、『メールでクリスマス・プレゼント』への多数のご参加、本当にありがとうございました。

初めての方からのメールも多く、新鮮なお声をお伺い出来ましたことも嬉しかったですし、作品への感想等をいつも頂戴するお馴染の方々に対しては、そのお気持ちへの感謝の念が絶えません。
皆さまからのお声は全て拝読しており、また色々な形で制作の支えとなっております。

作品・展覧会への感想や、ふと思いついた疑問、たまには「絵」以外のことでも、短くても長くても結構です、今後も気軽な気持ちでお送り下さい。質問やお問い合わせ等に対しては、ここの頁やTeppei.Net内で少しずつお答えしております。

話は変わりまして・・・
今日は、東京セントラル美術館にて明日より(18日迄)開催の「77枚の原画展」の会場へ、下準備の為に行って参りました。
今回、1995年制作の作品「カフェ・ベラ・ノッテ」の原画をご厚意にてお借りして、特別に当会場に展示できる運びとなりました。

過日、その「カフェ・ベラ・ノッテ」に、十数年ぶりで対面した時のお話です。

それは、とても不思議な感覚でした。
勿論、時間の隔たりやアクリル絵具と油絵具の持つ特性・表情の差異等もあってのことでしょうが・・・当時、とても長い時間をかけて対峙していたはずなのに、その時に自分と"絵"との間に流れたのは、淡い違和感でした。でも、それは決して不快なものではなく、懐かしいような照れくさいような感じと共に、"あの頃"に戻っていくような・・・

思い起こせば、この絵を描いていた頃は、"一年のほぼ半分が冬"という気候の軽井沢(しかも中心地からは遠く離れた森の中)にアトリエを構え、そこに篭って制作活動をしておりました。
初めて南イタリアを旅した際のイメージを膨らませて描いたこの情景は、現実そのままの風景ではないだけに、自分の理想をより大きく反映しています。

絵の中に人物を自分でも驚くほど大勢描いたのも、常に森閑としている環境の中にいた為に人恋しくなったせいかもしれません(照笑)。また、昔はどちらかというと生真面目な性格だったこともあり、南欧の解放的で明るいエネルギーを体感し、戸惑いながらもそこに憧れを抱いてもおりました――
そんな、40代初めのまだ若い自分に突然バッタリ出くわしてしまったような・・・
ある意味、新鮮な体験でした。

完成当時、あまり展示機会が無かった原画作品だけに、この"再会"を嬉しく思っています。

さてさて、今回は会場が銀座となりますので、行き帰りに"クリスマス直前の華やいだ銀座"の雰囲気を楽しみたいと思っております。

笹倉鉄平

2011年12月12日

クリスマス・プレゼント

成田に向かう機中にて、これを書いております。
ネットに更新される頃には、アトリエで新しい作品に着手していることでしょう。

帰国後すぐに、版画ミュージアム主催の『こども絵画大賞』表彰式への参加もあり、子供達に時差ボケのどんよりとした表情を見せないように臨もうと、今から気を引き締めています(苦笑)。

さて、そんなこんなで・・・今回も長いようで短かったヨーロッパへの旅でした。
季節の変わり目ということもあり、巡った土地々々で寒暖差の激しい毎日でした。寒い日には、霜が降り吐く息が真っ白になることもあったり、昼間とても長閑で暖かかったと思ったら夕方には雹に降られたり・・・と、温度調整には苦労をしました。
けれども、そんなくるくると変わる天気の表情によって、より美しく色づいた秋らしい風景にも出会うことが出来ました。

また、ヨーロッパの秋は概して曇りや雨の日が多いものですが、たったの2日を除いては晴天に恵まれました。寒い日もあったとはいえスケッチなどをするには幸いでしたので、それぞれの土地に歓迎されているかのような嬉しい気持ちになりました。

フランス・アルザス地方、コルマールの街角に在ったインテリア用品店前にて。プレゼントのいくつかをここで求めたそうです。

ところで・・・

街を散策している際、早くもクリスマス・デコレーション等の商品が、ショウ・ウィンドウを飾る様子が各地でチラホラ見られました。
ああ、もうそんな季節なんだなぁと思いながら眺めていたのですが――
そこで、ふと思いついたのです。

ちょうど最新作「クリスマス・タウン」も発表される頃だろうし、Teppei.Netを応援して下さる方に何かクリスマスのプレゼントを持って帰るのがよいのでは?…と。
長旅のトランクにはあまり余裕が無いので、小さなモノを…本当に"気持ち"だけですが10個ほど。

クリスマスというと、北欧の国々を連想されるでしょうが・・・"クリスマス・ツリー"発祥の地は、ここフランス東部アルザス地方とのことです。そのせいか、ツリーに下げるオーナメント(装飾品)類の種類が何と豊富なことでしょう・・・そんな中から選んできました。

(ご応募の詳細は文章の下に設けてもらう様、管理人に依頼しておきます)

取り急ぎシベリア上空(?)から、でした。

笹倉鉄平

 

★当選者名は頁の一番下です。↓★


……ってことで、あ、大変失礼しました。鉄平先生からプレゼント企画を託された管理人でございます。
僭越ながら「アトリエから」の頁に登場することになり、少々かしこまっております。(汗ase.gif)

下記の応募要項にしたがってメールをお送りいただいた方から抽選で10名の方に、「鉄平先生からクリスマス・プレゼント」が届きます。
初めての方も、そうでない方も、どうぞお気軽にメールをお送りください~。


【応募方法】
下記「キーワード」を、メール・メッセージの文章内に 織り込んで、「ファンメール送信フォーム」から、笹倉鉄平にメールをお送りください。

キーワード ⇒ 「クリスマス」

お1人で複数回ご応募いただいても結構です。
(※但し、短期間に同様な内容で意図的に何通もお送りいただくことはご遠慮ください。)

【応募期間】
2011年11月9日(水)~12月5日(月) まで <終了しました>

【当選者発表】
弊社にて抽選会実施後、当選者には個別にメール連絡をさせていただきます(お名前、発送先などを伺います)。その際、指定した期日までにご返信がなかった場合(応募メールアドレスに間違いがあった場合や、お客様のメーラーにて着信拒否や迷惑メールフォルダへ落ちてしまう事象 、その他)には、恐れ入りますが、当選資格 を取り下げさせていただきますのでご注意ください。

【プレゼントの発送】
2011年のクリスマス頃  (どのプレゼントが届くかは、受け取るまでわかりません。)

【諸注意事項】
ファンメール送信の際のお名前は、ご本名でもニックネームでも結構です。
また、ご住所(お住まいの地区)も、都道府県・郡・市などのみのご記入で結構です。
抽選会実施後、当選されたお客様には弊社よりメールにてご連絡申し上げます。(その際に、プレゼント送付のため、ご本名や正確なご住所、電話番号などをお伺い致します。)指定日数 以内に連絡が取れなかった場合は、繰り返しのご案内になりますが、当選資格 を取り下げさせていただきますので何卒ご了承ください。
その他、様々な事象に関しましては、主催者である弊社が取り決めさせていただきます。

【プレゼント内容】

クリスマス・ツリーに飾るオーナメントです。日本では手に入りにくそうなシックでレトロな品々です。
左から……、
①腕がくるくる動く、おとぎ話に出てきそうな人形です。身長約11cm。
②グリーティング・カードをイメージした飾り板。12×8cm。
③サンタクロース人形。手にはプレゼント、そしてホルンやツリーを携えています。身長約10cm。
④木馬の飾り。鉄平先生の作品「デイドリーム」に出てきそう。体高約7.5cm。
⑤赤い鐘。リンゴを模しているのでしょうか。軽く振ると、カウベルのような音が響きます。

それぞれ2つずつございます。この中から、どれか一つが10名の方に当たります。
更に、「当企画特製のカード (宛名&サイン入り) 」 をお付けしてお届けします。

【ご当選された皆さま】

まさき  悠介&奈生子&彩葉  谷田昌代  浅野洋子  kaz-pi
海老名昌晃  ふみ  ちゃみ  (以上8組。敬称を省略させていただいています。)
おめでとうございました!!

※当選のご連絡を差し上げた皆様の中で、残念ながら2名の方の返信がございませんでした。
また、今回「はずれ」だった皆さん。またのチャンスをお見逃しなく!!

2011年11月09日

展覧会にも大小・様々・・・

突如持ち上がったプレゼント企画に、たくさんメールをお寄せいただきありがとうございます。
これを機に、今回初めてメールを送って下さった方もいて、とても嬉しく・・・大歓迎です!!

でも、こんなに多くの方に参加いただいているのに、プレゼントは3人分しか手許になく・・・ウーン、どうにも残念に思います。
何か良いアイディアがないか考えてみます(笑)。

さてさて、ようやく秋らしくなってきました。
"芸術の秋"は、展覧会のシーズンでもありますが・・・

絵の展覧会と聞いて思い浮かべるイメージというのは、人それぞれ、初めて行った時のことが大きく影響して、その人なりの"基準"が出来上がってしまうような気がします。

私の初めての展覧会体験は、うろ覚えですが『スペイン美術館展(?)』だったように記憶しています。
広い館内と高い天井、重厚な演出、重い作風、それら全てに圧倒され、まだ子供だった自分には妙に、暗くて恐かった・・・という印象でした。

そして高校生になり、友人達に誘われて何度か行った、京都の岡崎辺りにいくつか在る美術館の、大規模で壮麗な雰囲気もよく憶えています。それらは大きくて立派な美術館でしたので、自分の中ではなんとなく「"展覧会"というのは壮大なもの」と、憧憬と共に感じた記憶が何となく残っています。

しかし、美大時代になると・・・先輩や友人達が、町の路地裏にある小さな貸画廊や、ツテで展示許可を得た喫茶店などで開催していた小さな展覧会へも足を運ぶこととなり、これもまた立派な"展覧会"なのだという認識を得ました。
前述の美術館などでのものとは異なり、アットホームな落ち着く雰囲気や、肩肘張らない魅力があって、これはこれでまたいいものだなと実感したのです。

どちらが、もしくは、どんな形が"良い"展覧会なんだろう?などと愚にも付かぬことを、かつて考えてみたこともありました。

規模が大きければ観られる作品数も多く、全体を通しての世界観にどっぷり浸ることが出来る上、知らなかった作品との出会いの機会も増えます。
一方、小さな展覧会では、作品を身近に感じることが出来たり、一点一点と対話する楽しみもあります。また、通りがかりにフラリと立ち寄れる気安さもあったりと・・・

展覧会は、規模、場所、企画、主催・・・等の条件が、多岐にわたればわたるほど、観る側にとっては観賞の幅やその機会が増え、選択肢も広がります。
勿論、展覧会に"正解"という形があるわけではないですから、むしろバライティ豊富な方が楽しめるのではないでしょうか?

―――ですから私のスタンスとして、これからも、様々な場所、形、内容の展覧会にチャレンジ出来たら・・・と思っています。

*       *       *       *       *

思い返せば、これまで私も色々な展覧会を経験してきました。
大きな会場だった一例としては、中国・北京に在る国立の美術館でした。初めて(自分の絵を展示するという認識で)会場に入った時に感じたのは、畏れおおいような感覚で・・・天井高いなぁ、壁広いなぁ、とにかく広いなぁ、と(笑)。

逆に、最も小さい方の例としては、高校時代の文化祭での「美術室」です(展覧会と呼べるかどうか分かりませんが…)。
天井も低い、設備も整っていない、いわゆる普通の美術室。それでも、何日も徹夜して仕上げた数点の作品を展示した時の喜びは、どんなに年月が経っても消えることはありません。

ちなみに、画家の側からすれば、展覧会場がそんな風に大きかったり小さかったり、企画内容が様々であっても、そこに展示する一枚一枚の絵に込める想いとその"出来"の方が重要であることは、言うまでも無いことです。

美術室での展示を目指して無心に絵と対峙していた高校生の頃の・・・あの時の気持ちを忘れたくないと思うのです。

笹倉鉄平

2011年10月05日

質問にお答えします Part.3

不安定な気候が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

今回は、お寄せ頂きました様々な質問・疑問に、またお答えしてゆこうと思います。
特に、サイン会などで直接伺う質問に対しては、なかなか上手に即答できないことが多い為、こちらでゆっくりお答えさせて頂きます。
また、メールなどでお寄せ頂きました場合も、ここで対応させて頂きますので、引き続きご遠慮なくお寄せ下さい。

では、まずは少し前にメールにて頂きました質問から始めさせて頂きます。


Q. 「落ち込んだり、元気が出ない時に、先生は何か元気になれる方法などお持ちですか?」

A. 基本的に、深く落ち込んだり沈んだりということが、年齢を重ねてきたせいか最近はほとんどないのですが、以下は、あくまでも"私の場合"ということで…。

なんとなく気分的に元気が無いような時には、そのままじっと留まってしまわないように、とにかく頭を空っぽにして、"手・足を動かす"ことにしています。
制作中などは特に、ちょっと柔軟体操をしたり、いつもより少し大きな音で好きな音楽を聞いたり、それに合わせてギターを弾いたり…と。

また、気分転換には、まだ行く予定も無いような場所への仮想"旅プラン"を考えてみることもあります。
気に入った旅関係の本やインターネットで、まだ訪ねたことの無い国や地方の歴史や文化・特色・人々の暮らしを調べ、思いを馳せながら、鉄道などで街々村々を巡るコースまで思い描いてみるのです。

そうこうしているうちに、絵の制作に向かう元気が湧いてきますので、私にとっては、一番手軽で効果的な方法なのかもしれません。


Q. 「展覧会で、何か印象に残っている出来事ってありますか?」

A. これは正にサイン会時に尋ねて頂いた件なのですが、その場ですぐには答が思い浮かばず、お詫びをお伝えしてそのまま終わってしまいました。そして、帰路につきながら考えているうち、ふっと思い出しました。

もう10年以上も前の話なのですが・・・
日本にたまたま出張でいらしていた外国人の方が、東京の百貨店で開催していた私の展覧会へ足を運んで下さり「メヴァギッセイ」という、イギリス東南部コーンウォール地方の港町を描いた絵を、とても気に入って下さいました。
なんとその方、そもそも出身地が首都ロンドンからも遠隔地にある、その小さな港町メヴァギッセイだったのだそうです。

「メヴァギッセイ」

私はその現場にはおりませんでしたが、聞いた話では…結局イギリスのご自宅に帰る際、作品を持って帰って下さることになりました。大慌てで額の手配をした担当の方は、作品を成田空港まで届け出発ギリギリで無事にお渡しし、自家用ジェット機で英国へと帰ってゆかれるのをお見送りしたとのことでした。(きっと成功されて故郷を離れ、ロンドンなどの大都市に住んでいらっしゃるのでしょう)

『自分の故郷を描いた絵を、英国ですら見たことが無いのに、日本で出会えたとは驚きだ』とおっしゃって、喜んでいらしたそうなのですが…それを聞いて、「そんなこともあるんだなぁ」と、こちらも妙に感心したものです。

その方は、今も私の絵を観る度に自分の故郷に思いを馳せているのだろうか、などと感慨深くもあり、嬉しくもあり…。

勿論、他にも海外の個展などでの思い出や、地方での独特の経験など沢山あるのですが…
上記の"不思議なご縁"は、強い印象として今も残っています。

Q. 「どんな一日を送ってますか?」「絵はいつ描いているのですか?」「お休みはいつ取っているのですか?」「休日には何をされてますか?」

A. …等々ここ最近、(たまたまなのでしょうが)関連性のあるこういった質問をたて続けに頂戴しましたので、まとめてお答えしようと思います。

一日の中で、絵を描いている時間帯は、会社にお勤めの方が勤務されている時間帯と大体同じだと思います。ただ、制作の作業段取りや手順(油絵の具の乾き具合など)によって、日々時間のズレもありますし、時には、夜遅くまで描いていることもあります。

外出しての仕事以外の日は、毎日単純にその繰り返しですが、全く飽きることはありません。
自分でも訳が分かりませんが(笑)…正直な所、可能ならば絵を描くことは一日でも休みたくないぐらいです。
そんな風に話すと、友人や医師の方等からは「良い仕事をする為には週に1~2度位は休養した方が良いのでは?」と指摘されたこともあります。

勿論、"良い仕事"をしたい気持ちは自分としても強く持っていますので、定期的に休みを取ろうとしてみるのですが、どうしても描きかけの絵のことが気になってしまって、ゆっくりと休む気になれないのです。
過去には、無理やり周囲の人に「週休二日宣言」をしてみたこともありましたが…やはりそれも続かず、すぐに断念しました。

ここ2~3年は体調がとても良いこともあり、本来の意味での"休日"は、ひと月に1~2日位でしょうか。逆に無理をして(?)まで休もうとせず、自分なりのペースでもいいかな、と現在は思っています。
もしも会社勤めをしていたら、土日祝にきちんとお休みを取っていたと思いますが、職業柄、自分のやりやすいルールを自分で作ってきた結果そうなったのでしょう。

画家としてスタートしてからは「仕事をしたから休む」ではなく、「仕事の質を上げる為に、必要に応じて休む」というスタンスを理想としています。

ですから、休もうと思った日には、もっぱら頭と体の休養を第一としています。
大概は、映画を観たり、のんびり散歩をしたり、温泉につかったり、本を読んだり…。

そして、それなりの歳になった時には、"その時の"体力・気力と相談をしながら上手に休養を取りつつ、制作活動を一日でも長く続けていられることを、長いスパンで考える場合の目標にしています。

笹倉鉄平

 

 

2011年08月26日

暑中お見舞いと祇園祭


なんと早い梅雨明け、そして早くも猛暑の毎日…
京都の夏の大祭「祇園祭」、そのヤマ場である山鉾巡行がこんなにも晴れ渡り暑い一日になるのは、本当に珍しいことです。

祇園祭は、京都・八坂神社の祭礼で7月1日から1か月間にわたって行われる長いお祭なのですが、なかでも"宵山"(14日‐16日)と"山鉾巡行"(17日)だけが、特によく知られています。

左の写真は、宵山を迎えた「北観音山」前です。
宵々々山の夜から、組み上がった山や鉾には駒形提灯が灯されて、祇園囃子が奏され、その下では各山鉾町会の方々がそれぞれの縁起物や粽などを商い、町家旧家や老舗では秘蔵伝来の屏風などを飾って公開し、深夜まで出店・夜店が立ち並び…独特の祭り気分が盛り上がります。

特に今年の宵山(←祇園祭におけるクリスマス・イブのようなもの(笑)でしょうか)は、三連休の土曜と重なったこともあり、びっくりするほどの人々々…。目貫通りが歩行者天国となって屋台と人でで埋めつくされる様は、普段と全く違う景色で非現実的な楽しさがあり、毎度驚くのですが、今回は暑さも手伝ってか特に圧倒される勢いでした。

そも祇園祭の始まりは…869年(貞観11年)全国の国の数を表す66本の矛を立てて、そこに諸国の悪霊を移し宿らせることで国中の穢れを祓う御霊会が行われたことにあるそうです。

その同じ年である貞観11年に、東北地方で「貞観地震」という大震災があったことが記録されているそうで…
京都の祇園祭を支える方々は、今回「国家安寧」の気持ちをより強く願い、被災地と被災者の方々への、鎮魂、復興への希望、人々の平安、など様々な思いを込めて準備にあたられた、と伺いました。

日本では本来、"祭り"は神事として行われる伝統的な行事。そこには、人々の祈りの気持ちや、元気を出そう・前向きにゆこうという気持ちの鼓舞という意味もあったかと思います。夏から初秋にかけて、各地で行われる祭りは多いですが、そういった意味からも、今年は特別に熱い思いをのせて開催されることでしょう。

節電の夏ですが、皆さま、暑さを上手にやり過ごしながらご自愛下さい。

2011年 盛夏

笹倉鉄平

2011年07月19日

父がくれた“大切な景色”

作品「こもれび」は、小学生の頃の記憶にあった大切な景色の中の一つを、イギリスの小さな村の川が呼び醒ましてくれたおかげで描くことが出来ましたが―――

もう一つ、別の"大切な景色"の話をしようと思います。
それは、幼少の頃から中学生時代の長きに渡って頻繁に見ていたもので、家業として「織物」を営んでいた、実家の庭先での景色。思い返せば、画家への道とつながったのかな?と感じる、美しく忘れ難いものです。

言葉の説明だけですと、想像して頂けるかどうかわかりませんが、それは「織物」の工程の一つで…
様々な色に染め分けられた糸の束(幅10cm位で輪状に束ねてある)およそ20束ほどを、長い竹製の竿に通して吊るしてあり、そんな竹竿20~30本が、2m位の高さの物干しに等間隔でズラリと並び、乾燥させている光景です。

当時、父は織物の図案画をルーペでのぞき込んでは、苦労しながら色を調合し、「良い色を出すのはなかなか難しい」などと言いつつ、朝から糸束の染色作業を行っていました。
そして、私が学校から戻る頃には、染めの工程も終わっており、前述のような状態で、家の前庭に染め上がった糸束が干されていました。

まだ小さな子供時分には特に、空を埋め尽くすかのように並んだ色の洪水が、本当に圧巻の景色で、染めたての糸束がぶら下げれれた何本もの竹竿の下を、見上げながらくぐりぬけては「なんて綺麗な色なんだろう」と、半ばうっとりしながら眺め入っていたものでした。

今になって振り返ってみれば…並んでいた糸束の集まりは、専門家が描いた図案画と同じ色・それぞれの色の配分比率でそこにあったわけですから、「色彩構成」として成立しており、美しく見えたのも当然だったのだと思います。

そんな風に、多感な時期を身近に「色彩」というものに接して育った環境のおかげで、色彩感覚を自然と養えていたのかもしれません。

父は、織物の仕事を始める前、家業である呉服屋で働いていました。その店は、大阪で現在も呉服屋やファッションの関係の問屋が多く集まっている船場という街に在り、屋号は「ゑり京」といいました(今はもうありませんが)。

しかし、太平洋戦争が始まってからは、兵庫県の静かな里へと戦禍を逃れ…、慣れ親しんでいた織物で、今度は"作る"側へと転身して、前述の仕事をゼロからスタートさせたのでした。

そして、現在の自分はと言えば、キャンバスという"布"に"図の案"をのせてゆくという、ある意味そこに通じる仕事を日々行っているわけで、少しばかりの縁を感じてもいます。

生前、父が私の絵を褒めてくれる時の言葉は、決まってこうでした。
「おお、良い色が出ておるなぁ…」と。

笹倉鉄平

2011年07月01日

チャリティ・オークション結果報告

こちらのサイトでもご案内をさせて頂いておりました「東日本大震災チャリティ・オークション」を、先日閉幕させて頂きました。
期間中は、多くの方に会場まで足を運んで頂き(中には大変遠方からもお越し頂きましたようで恐縮でした)、本当にありがとうございました。

お蔭様をもちまして、出展しておりました8作品全て、ご落札頂きました。
入札締め切り後ルールに則り、入札最高額の方にそれぞれご連絡を取らせて頂きまして、全員の方に快くご落札をご了解頂き、結果が確定致しましたのでここにご報告をさせて頂きます。

 

2011年7月8日、¥3,113,008を
「日本赤十字社」へ東日本大震災義援金として寄付させていただきました。

 

落札の叶わなかった方の想いも含め、皆さまの温かいお気持ちが、被災地で苦しんでいる方々の直接の支援に一日も早く役立ってくれることを、心から願い信じております。

そして、オークションに直接的に参加(入札)されておられずとも、"心の中で参加"して下さった方も沢山いらしたのではないかと、勝手に想像しております(私自身そんな経験が何度もありますので・・・)。
大切なのは、やはり根底にあるそういった「気持ち」や「想い」だと思います。

私どものこうした活動にご興味を持って頂いて、背中を押し、応援をして下さった皆さまのお心をしっかりと受け取らせて頂き、更に絵の制作、絵を通しての活動に一層張り切らねば・・・と、パワーを頂けましたことに対しても、感謝の言葉しかございません。

改めて、この度のチャリティ・オークションにご賛同、ご参加頂きました皆さまに心から御礼申し上げます。

笹倉鉄平

2011年06月09日

チャリティ・ポスターとオークション

前回ここに書きましたような次第で、"石割桜"の絵が描きあがりましたが・・・
さて、この絵をどのようにすべきか、制作中も完成後もずっと考えておりました。

もともと、この「ネヴァー・ギブ・アップ(絵の正式タイトル)」に関しては、"困難を乗り越えて、きっと必ずよみがえる"という復興への前向きな気持ちをテーマに描いたもの。
ですので、出来れば被災された方々に観て頂いて、心に小さくとも希望を抱いてもらえないだろうか?と・・・ポスターを製作しました。避難所の片隅にでも貼ってもらうなどして、心に元気を少しでも届けられないものかと、当初は考えていたからです。

そして、色々な方にお話を伺い、方策を模索している間にも、現場状況の方も少しずつ変化していた様です。
実際にボランティア活動を統括されている場所の方にご相談をしてみれば・・・

私と同じような気持の方が多くいらっしゃるということで、避難所や救援受付のセンターの様な場所には、プロ・アマを問わず絵やイラスト、書道、写真など様々な作品が既に多く届いており、掲示できる場所すらないのが実情とのお話を伺いました。

大勢の方が身を寄せ合い生活する避難所の掲示スペースには、生活に直結する"情報"や"名簿"など必要不可欠なものを貼るスペースが優先されるべきなのは当然です。

そんな状況の中で邪魔になっては本末転倒ですので、現在、(大変ありがたいことに)ボランティア支援センターの方に協力をして頂きながら、長い目で見た"小さなお手伝い"が出来ないものか手探りをしております。

まずは、原発事故で福島から非難をしている方や、ボランティアとして被災地で活動に赴かれた方々にご協力を頂くような形で使っていく方向で、お話を進めて頂いているところです。

そんなわけで、以下のようなポスター(カレンダー付)を作りました。

(※スタッフ注:販売目的での製作物ではございませんので、万が一ご希望を頂きましても頒布できる分がございませんこと、ご理解下さい)

 

また、震災へのチャリティ活動と致しましては、今月14日から、東京・八重洲にございます私共のオフィスに在る展示スペースにて、義援金を募るオークション&絵画展を開催することと致しました。

オークションといっても、いわゆる"ハンマー・プライス"で競り落とすといった形ではなく、展示した対象作品に対して所定の用紙に希望額をご記入頂き、投票によって落札するというサイレント形式を採りますので、どなたでも参加しやすいのではないかと思います。

また、会場へ足を運べないという方へも・・・当ホームページ<Teppei.Net>内に特設ページを開設致しますので、同期間にてご入札が可能です。ご興味がおありの方は、5月14日~29日の開催期間内お気軽にのぞいてみて下さい。

出品作品は、今回の主旨にあったものを中心に選び出し、出来るだけ広く多くの方に参加して頂けますよう、油彩から簡単なアイデアスケッチまで、幅広く出すことに致しました。

スポーツ好きな方の輪でのチャリティ、音楽好きな方の輪でのチャリティ等々・・・今、様々な分野で支援の輪が広がっていますが、絵が好きな方の輪でも何か出来ないものかと思い立っての絵画展です。

本当に小さな小さな規模での活動ですが、一人でも多くの方にご賛同&ご参加頂けましたら、心から嬉しく思います。

笹倉鉄平

2011年05月11日

盛岡(岩手県)から・・・

"3月11日"からひと月が経つ間、何度となく、このページに何か書こうとしてみました。
ところが、あまりの現実の厳しさに、悲しくて、くやしくて、もどかしくて…複雑な気持ちをどの様に表現すればよいのか、その度に分からなくなってしまいました。あえて言うならば、正に「言葉が無い」というのが一番近い感覚です。

そういった想いを、絵で表現することを試みるのが「画家」というものなのでしょうが…今、最も強く感じている憤りのようなモノは、私には描けない類のもので、描いたとしても私の絵ではないように思います。
ならば、これまで長年描き続けてきた、安らぎや希望を感じて頂ける絵を描いて、被災地の方々や、恐らく日本人として私と似た心情を抱える方々に観て頂こう――と、そう考える方が自然な気がするのです。

震災後、多くの人達と同じように、「今の自分にできることをしよう」という言葉が、常に頭を巡っています。
各種の義援金に協力しながら、少しずつ気持ちを繋いでいたのですが、やはり絵を通しての取り組みを始めるまではどうも先に進めない気がしてなりませんでした。

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さて、これまで何度も東北・盛岡や仙台で展覧会を開催して頂き、足を運ぶ度に現地の皆さんに温かく迎えて頂きましたことは前回も書きましたが…
初めて盛岡を訪ねた折、現地ギャラリーの方に、天然記念物でもある「石割桜」を見に連れて行って頂きました。

大きな花崗岩の割れ目から、立派な桜の巨木が力強くその幹を伸ばし、枝々を広く張っています。
目にした時の驚きは今でも忘れませんが、とにかくその生命感溢れる枝ぶりに感銘を受け、大いなる元気をもらったこともあり、その後盛岡へ行く度にこの巨木を訪ねていました。

一時、話題になっていた「ド根性大根」などの"頑張り系植物"の元祖のような存在であり、その姿は正に今必要な復興へと向かう為の力や、日本人――なかんずく東北の方々の粘り強さと苦難に負けない根性の象徴のように思えて、私の中では、被災地の方々へ想いを馳せる度に浮かんで来るイメージ画像でもありました。

そんな気持ちもあり、当初から再びあの桜に会い行き、描いてみたいと願っていたのですが…
緊急物資すら行き届かず、ボランティアの方々が入ることさえ難しいという状況が続いておりましたし、不急の用件で出かけて迷惑になるうちは待っていようと思っていました。そして、普通に"足"が確保できることを確認して、訪ねることに致しました。

盛岡は、実際まだまだ余震も多いものの、街の表情は落ち着いているように感じられました。
商店や商業エリアでは節電などは行われているものの、至る所に「団結して乗り越えよう」という主旨のポスターや垂れ幕などが目立ち、被災地の不屈の意志と辛い状態にある方々への思いやりが静かに伝わってきます。


幹の周囲は約4.6m、樹高約11.0m、樹齢350~400年のエドヒガンザクラです。
岩の裂け目からたくましい幹が、正に岩を割ったかのように生育している様子がお分かり頂けますでしょうか?
1923年(大正12年)には国の天然記念物に指定されています。

 

"ここからあまり遠くない宮古や釜石の彼等はどうしているだろう?気仙沼のあのご夫妻は?"など、お顔が浮かぶこちらの方々のことが、少なからず頭をよぎりながらも「石割桜」をスケッチしておりました。
絵には、もう少し手を入れて完成させ、なるべく早く当ホームページにアップして皆さまに観て頂きたいと思います。
そして今後、この絵を使って本当に微力ながら、具体的な支援の活動をスタート出来ればいいなと考えてもおります。

あと二週ほども経つ頃には、この「石割桜」も、被災地各地の桜も満開を迎える時節となります。
寒く厳しかった北の被災地に、暖かな春の息吹を運びこんでくれることを願ってやみません。

笹倉鉄平

2011年04月12日

地震災害のお見舞いを申し上げます

3月11日、東北~関東地方が超巨大地震に襲われ、大津波の様子や被災地の想像を絶する映像がテレビで繰り返し流されています。
それを目にする度に、自然の破壊力の猛威に驚愕しては言葉を失うことの連続です。

今回の震災で被害が特に甚大だった東北地方へは、これまで展覧会などで何度も訪れ、その度に温かく迎えて頂きました。
仙台をはじめ、宮古市、陸前高田市などの各地には、その折に出会ったお顔が浮かぶ方々もいらっしゃいます。

この場を借りて、被災された方々へ心からのお見舞いと、犠牲者の方へは哀悼の意を表したく思います。
東京にある我々のオフィスも、地震の時はかなり揺れたそうですが(重ねて立て掛けてあったイーゼルが倒れたり、展示作品が大きく揺れて傾いたり…)、幸いにもこれといった被害はございませんでした。

ただ、その日オフィスにたまたま独りで出社していた当ホームページの管理人は、驚きつつも職場を守り、その晩は帰宅困難者として余震の不安に耐えつつ一夜をそこで過ごしたとのことでした。

その時、私自身は京都におりましたので少し揺れを感じた程度で、少し後になってからテレビで状況を知りました。
慌ててオフィスに電話やメールをしてみましたが、案の定すぐには繋がらなかった為、むしろ連絡を控えて待っていると、夜になってようやくメール返信があり本当にホッとしました。

そんな感覚を思うにつけ、また阪神大震災の当時を思い出すにつけ、連絡がとれない家族や知人・行方不明者を思う方々のお気持ちに胸が痛みます。
勿論、報道されている全ての厳しい惨状と現実にも…。

ただ、現時点で出来るのは、(陳腐に聞こえる言い方になってしまいますが)自分という画家に与えられた役目――"疲れた心を癒せるような安らぎと光の絵"を描くことを目指す、という普段通りの仕事を心乱さずに続けるということなのかもしれません。

とにかく今は、一人でも多くの人命が救助され、被災地の方々が震災復興への前向きな希望を見つけられるよう、強く願ってやみません。

笹倉鉄平

2011年03月14日

男声合唱団

この冬は厳しい寒さが続いておりますが、皆さんお風邪など召されてませんか?
日本海側は、雪の量が特に半端ではないと報道で目にします・・・日々の生活にまで深刻な影響が出ないよう祈るばかりです。

さて、このページの前々回、ヨーロッパから戻ったばかりという話題の際に『11月にイタリアで行事(絵に関連したものではないですが)に参加してから<後略>』と、書いておりました件について。
その時には話が長くなりそうで、また改めてにしようと思っておりました。そこで、今回はその話題を。

案内リーフレットには、私の絵を使って頂いております。

 

実は・・・甚だ私事ではございますが、趣味として「六本木男声合唱団」というところに所属しております。
今回は団の海外公演ということで、先の11月25日にミラノのシンボルとしても有名なドゥオモ(大聖堂)、翌26日にはローマ・バチカン市国のサン・ピエトロ寺院、という二箇所のキリスト教大聖地にて、合唱に一員として参加して参りました。

ドゥオモとサン・ピエトロ寺院という神聖な場所で歌を歌えるなど、恐らく一生ありえない光栄な機会――ということもあり、日本から団員100余名が参加され、とても感動的な舞台を団員の方々と一緒に踏んで参りました。
ミラノでは、あの広い広い大聖堂に立ち見が出るほど多くの方が聴きにいらっしゃいましたし、バチカンでは観光客は入れない場所での厳粛な空気漂うミサ中に合唱を行い、いずれも大変緊張致しましたが、得難い経験をさせて頂くことが出来ました。
さて、その合唱団ですが、"男声"というだけに勿論、男性のみで編成されている合唱団です。
今から11年前にエイズ・チャリティをきっかけに少人数で始まったのだそうですが、現在では、音楽家の方を中心に(団長は作曲家の三枝成彰氏)、様々な業界の合唱経験者の方々が"歌"に集い、海外公演や国内での公演(サントリーホールでも年一回公演)といった本格的な活動を行っています。

私はとえいば、4年前、俳優・辰巳琢郎さんの勧めを受け、推薦状を書いて頂いたお陰で、入団することが出来たのですが・・・中学校時代、ブラスバンド部には入っておりましたものの、本格的な合唱経験はありませんでした。

高校時代に友人と二人、アコースティック・ギターをそれぞれ弾きながら歌うという形で組んでいたデュオでは、受験勉強の息抜き・気分転換を兼ねて、割と頑張ってしまったりもしました(当時はフォークソング隆盛の時代で、県の地元フォークソング連盟が主催するコンサートなどにも出たものでした)。

その時の相方は、同時にコーラス部の部長を務めていたこともあり、当然"ハモり"に関してはちょっと厳しく、気付けば「ソルフェージュ(楽譜を読むことを中心とした西洋音楽の基礎訓練)」まで勉強させられる羽目になっていました(笑)。
ですが、彼のおかげで"ハモる"ことの楽しさや、綺麗に音が合った時の胸に共鳴・反響する気持ち良さを知ることが出来ましたし、何より今も合唱団で楽しくハモれています。

ミラノ、ドゥオモ内での公演の様子。オーケストラの方々もチャリティでご参加下さっていました。

 

音楽に関してはジャンルを問わず好きなのですが、特に"歌を歌う"ことは気分転換にもなり、絵や制作に良い影響を与えてくれるのを感じています。
仕事柄、ついついアトリエに篭もりがちになって、視野がせばまっているなぁなどと自覚する時、合唱の練習などに出向くと、ある種の発散になり解放感を得て、すっきりとした気持ちで再びキャンバスに向かえるように思います。(とはいえ練習には、東京に居る際で、しかも余力ある時しか出席できませんので、恐縮ながら優良な団員とは言えず肩身もせまいのですが・・・何とか見逃して頂いております(汗)。)

そういえば・・・合唱を始めてからギターに触る時間がガタっと減ったのは、そんな気分転換的な役割を果たしてくれているからなのかもしれません。

いずれにしても、「音楽」というものは、私の絵にとって必要な"何か"であることに変わりはない、ということなのでしょう。

笹倉鉄平

2011年01月28日

初春をいかがお迎えでしたか?

初春をいかがお迎えでしたか?

私はと云えば・・・
昨12月、北欧の旅から戻った後は、(毎度そうなのですが)印象が薄れないうちに、現地でのアイデア・スケッチに手を入れたり、整理をしたり、といった必要不可欠な作業が暫く続きました。
そうこうしているうちに、年末の用事諸々が重なり、バタバタとしているうちアッと言う間に年が明けてしまい、何だかあっけないような年越しだったように思います。

ところで、本当に些細かつ下らない話題で恐縮ですが・・・
元旦に、初めて自分の携帯電話のスイッチを入れた時に、日時表示が「11年1月1日11時11分」となっていました。
”だから、どーした”的な話ですが、それを見てある種の吉兆?のように感じ、誰かに聞いて頂けると嬉しいなぁ…と(笑)。
しかし、よく考えてみますと、同じ100年に一度でも「11年11月11日11時11分」の方がより”1並び度”は高いですよね。
偶然でも見ることが可能なら…是非、もう一度(?)。

とにもかくにも、皆さまにとりまして良い一年でありますように。

初詣に、狛兎がいる京都の岡崎神社へ行って参りました。
昨年の10月(?)に新たに奉納されたばかりだそうで、まっ白ピッカピカな白ウサギでした。
ちなみに、こちらの神社は、手水舎にも兎の像があり、おみくじは小さな陶器の兎に入っています。
阿吽の「阿」の方の兎と一緒に。

笹倉鉄平

2011年01月11日