アトリエから 2010一覧

慌しかった一年も早・・・

慌しかった今年も押し迫る中、大阪・心斎橋大丸百貨店での「全版画展」も無事に幕を下ろし、やっと人心地ついているところです。
会期中は、私たちの予想を遥かに上回る多くの方々にお越し頂いてご高覧を賜り、本当にありがとうございました。

また、サイン会では長い長い行列に辛抱強くお待ち頂きましたこと、頭が下がる思いでした。列の様子が目に入る度に、少しでも速くと思ったり、順番が来たらせめて一言だけでもお一人ずつお声をおかけする時間もとらなくてはと思ったり、矛盾してしまう二つの思いに板挟み状態になりつつ目を白黒させながら、サインをしておりました。

と言いますのも、ちょうどその前々日にヨーロッパから帰国したばかりだった為、まだ時差ボケから抜けきれておらず、頭の回転がついていっていなかったのです…つまり、突然に多くの人と接する状況に置かれ、少々"夢うつつ"な感じでした。

特に日曜日のサイン会は行列が長く、もともと1時間予定のところが2時間半以上もかかってしまい、終盤には、もしかすると妙な表情+会話もちぐはぐ…といった少々変な人状態になっていたかもしれません(笑)。
過ぎてしまったこととはいえ、この場を借りてお詫びさせて頂くと共に言い訳(?)もさせて頂きました。

11月にイタリアで行事(絵に関連したものではないですが)に参加してから、その後しばらく北欧に滞在していました。
日本でも多少ニュースになっていたようですが、その頃ちょうどヨーロッパを襲っていた大寒波の影響で、唯でさえ寒い北欧はとても寒く…当然、最高気温もずっと氷点下という日々でした。
耳あて、マフラーくらいは持って行っていたのですが、その程度では全く用が足りず、現地で写真にあるような毛皮裏打ちの帽子を慌てて調達して片時も手放せず使用していました…
いつもの帽子との趣きの差を見てやって下さい(笑)。

 

さて、今年は画業20周年という節目の一年でしたので、私としては(特に後半が)とても慌しい、盛りだくさんな年だったように感じております。

思えば、元旦の朝日新聞の「天声人語」に私の名前と作品名が書かれてた、という何となく幸先いいような予感する年の初めでした。
そして、新しい画集の出版あり、リリースされた全ての版画を展示出来る展覧会を開催する機会にも恵まれたりと、記憶に残る記念の一年となったように思います。

勿論、そんな一年を支えて応援して下さった皆さまに、心から感謝致しております。
年が明けましたら、また新しいスタートに立つ新鮮な気持ちで、21年目からの小さな挑戦を重ねてゆきたいと思っております。

クリスマスも近づいてきて、街はだんだんと年の瀬を迎える顔に変わってきました。
皆さま、どうか良い年をお迎え下さい…まだ少し早いかな?

笹倉鉄平

2010年12月17日

質問にお答えします Part.2

先月、東京セントラル美術館で開催致しました「全版画展」には、本当に多くの方々においで頂き、また早速に感想等メールも頂戴しておりまして、心より御礼申し上げます。
画業20周年記念の企画でしたので、この機会に多くの方々に楽しんで頂けましたことが大変嬉しく、記憶に残る展覧会の一つとなりました。

また、サイン会の際には皆様から色々なお声をおかけ頂きました。
「10年以上前の作品がたくさん観られて懐かしかった」「当時のことを思い出して感慨深かった」「観たことの無かった昔の版画の実物を初見できて嬉しかった」「数が多く圧倒された」等々、お話を伺いながらも、この展覧会を"やって良かった"と喜ばしく感じておりました。

取り急ぎ、ひと言だけ感謝をお伝え致したく・・・
本当にありがとうございました。

*        *         *        *         *

さて、お寄せ頂いたメールやサイン会時に直接お答えできなかった質問に、まとめてお答えした回が以前にも一度ございましたが、今回はその<パート2>ということで・・・
最近頂戴していたものに答えさせて頂こうと思います。

Q.1 先日出版された「ヨーロッパ旅の画集」に、私が好きな「ラゴ・マジョーレ」が載っていなかったのですが、画集に選定された絵はどうやって決められたのでしょうか?

A. 今回の画集では、全体を通して自分なりのストーリー性を大切にしながら、1冊の"大人の為の絵本"的な画集を目指したかったこともあり、それに沿う絵を選び並べてゆきました。特にイタリアの作品はもともと数も多く、むしろ掲載できた数の方が結果的には少ないくらいとなりました。
ただ、私個人にとりましては、どの作品に対しても大切さや思い入れは同じですので、たまたまこうなった、としかお返事のしようがない所が辛いところです。


Q.2 「ヨーロッパ旅の画集」の中に、これまでの印刷物で見るよりも、色が少しだけ薄く感じられる作品があったのですが?

A. 上記Q.1 でお答えした内容とも重なってきますが、今回は全体を通じ一貫した流れのある構成にして、作品を見て頂く際にも、その「流れ」を大切にしたいと思いました。そこで、淡彩や習作など色の淡いものは少し濃いめ、油彩やアクリルなどの強い色味の作品は敢えて少し抑えめにして、強弱・濃淡の差やバラつきが全体として少なく、色彩の面でも各頁スムーズな流れで観て頂けるよう意識的に微調整をしました。
そのせいで、そういった印象を受けられた方もいらしたかもしれません。


Q.3 出版日を7月7日の七夕にされたのは、意味がありますか?

A. 実は、初めは7月1日の予定でした。ですが、何か記念になって記憶に残りそうな日取りの方が、ちょっと良い感じかな?などと思い、七夕が近かったので、7月7日にしました。つまり、特に深い意味は無かったのですが、これは自分の意志で決めた日にちであることには違いありません。
それにしても、出版日のところまでご注目頂き、光栄です(笑)。


以下は、「ちいさな絵画館」のアンケートからのご質問となります。
お答えする場所が他にございませんので、ここでお返事をさせて頂きます。(質問を下さった方が、ココを見て下さることを祈りつつ・・・)

Q.4 お気に入りの美術館があれば教えて頂きたいです。

A. 美術館へは、日本でも海外でも、時間がある時や都合がうまくついた時には行くようにしています。
特に印象派の作品などは、世界各国の美術館にパラパラと収まっていたりしますので、機会があれば都度チェックして訪ねています。
中でも、印象派作品の多いパリのオルセーには幾度となく足を運んでいます。ただし、それは"お気に入りの美術館だから"という感覚とは恐らく違うように思います。
職業柄(?)ついつい先達の素晴らしい作品を観る目が、いつの間にか"勉強の目"になってしまうからなのでしょうか、毎度30点ほども観賞するとクタクタになってしまう為、いつの間にか、(大きな美術館ほど)気に入ったコーナーだけにしか行かないといった観方になり、その代わり何度も訪れることになっているようです。
つまり、美術館に対しての嗜好は、その時その時の企画内容やそれぞれの展示内容次第と言えるのかもしれません。
そんな訳で、明確な"お気に入り"という意味では、今は具体的にお伝えできないのが正直なところです。
建物が素晴らしいとか、居心地よい庭園が付属しているとか、観点によっては好きな所もあるのですが・・・将来的には、何も考えず楽しめる作品をぼぉっと観賞できて居心地も最高な、"お気に入りの美術館"と出会いたいとは思っています。


Q.5 作品の中に登場する女性(大人・子供を問わず)の髪型が、後でひとつに結んでいることが多いのは何か理由がありますか?

A. 遠景に人が大勢いる様子を描くとしましょう。その人々をパッと見て、男女、子供、老人などの区別がつくように描き分ける為には、ある程度それぞれを特徴的な姿で描かなくてはなりません。
例えば女性の場合、ショートヘアーでパンツ姿を遠目で描いてしまいますと、少年(男の子)にも見えてしまうでしょう。
また、近景の中に女性を描く場合でも、ロングヘアー(特に後姿)ですと、顔の向きや首の傾きなどを隠してしまう為、微妙な表情あるニュアンスが消えてしまいます。
その点、結び髪ですと女性らしい仕草が見え隠する感じで表情が出やすくなるように思え、どうしても多くなってしまいます。
反面、ロングヘアーやカーリーヘアーのスタイルの後姿は、どこか"開放的な感じ"を出せますし、また、ボブは何処となく"大人の落ち着いた女性"のイメージが欲しい時などに、これまで割りと多く描いてきている気がします。
更に顕著な例は・・・女の子のヘアースタイルとして、頭の両脇で二つに結んだスタイルが多いことです。
"女の子特有の可愛らしさ"を、絵として表現しやすいからなのでしょうか。
ただ、上記の例はあくまで自分の中での方法論です。勿論、絵の中と現実とでは違いますから、そこまで意識的に描いている自覚も確信も、実はあまりないのです。

「ヴィーナスの港」より部分アップ

絵の主役であり"ヴィーナス"の象徴であるヴァイオリンを弾く女性、後ろに束ねた髪を取り去ると・・・。少年のように見えてしまっては困るのです。

「CANDY」より部分アップ

束ねた髪を解いてしまうと、耳や顔の輪郭などの"微妙な表情"が隠れてしまい、全体のニュアンスや印象に影響してきます。

というわけで、毎度のことながらスッパリ気持ちの良いご返答とはなっていないかもしれません。意味がわからないようでしたら、更にご質問下さい(笑)。

また、引き続き疑問などございましたら・・・もしくは「こんな話が聞いてみたい」というようなリクエストでも結構です。ご遠慮なくお寄せ下さい。

では、今回はこの辺で。

笹倉鉄平

2010年11月16日

20年

今年は「画業20年」という節目の年ということで、記念画集が出版されたり、「全版画展」が開催されたりと、普段はあまり意識していない"歳月の流れ"というものを考える機会を与えられたように思います。
そこで、20年前というと世の中はどんなだったかな?と、ちょっと振り返ってみました―――

例えば、ほとんどの人が今や当たり前に使っている携帯電話。
当時、通信手段のメインはもっぱら固定電話やファックスでした。その頃の携帯電話はとえいば、形状は今の家庭用電話の子機のように大きく重く、電話会社からレンタルするものしかありませんでした。販売が自由化され、一気に社会全体に広がり始めたのは、更にその2年程後になってから(1993年以降)のことです。

小恥ずかしいのですが、デビュー間も無い頃スペインで撮った写真です。
20年・・・・・・やはり外見は大分変わるものですね(笑)。


携帯電話に「電話」以上の機能まで付いているのが当たり前の今、"ついこの間"とも思える20年前に思いを馳せてみますと・・・携帯が無かったその頃の"無かった感覚"は既に彼方へと遠ざかり、もはや思い出すことすら難しくはないでしょうか?

他にも、インターネット社会の台頭、ビデオはDVDへ、ブラウン管TVは液晶TVへ、などデジタルな世界での変化は勿論のこと、ファッションや髪型の流行なども、20年前を振り返ってみますと、やはり既に日々の生活の中で馴染んでしまった現在の"感覚"を当時に戻してみるのは、かなり難しいことばかりです。
本当に不思議なものですよね。

ことほど左様に、人の"感覚"というものは、時代の潮流に合わせて知らず知らずのうちに変わってゆくのかもしれません。私など、時代の変化にあまり大きな影響は受けたくないと、普段から思っているにも関わらず、です。

絵というのは、技術だけで描くものではなく、"感覚"が一番の礎となります。だからこそ、その時その時の自分の感覚に正直に描くほどに、表現もそれにつれて自然と変わってくるものです。
そして、描いた当時に抱いていた"感覚"と全く同じ"感覚"に立ち戻ることは、まず出来ないと思います。

今までの作品を眺めていますと、そんな画面の裏側にいる様々な"当時の自分"を、垣間見られるような気すらしてきます。すると、一点一点に改めて愛着が湧き、自分にとってとても大切なものに感じられるのです。

どうやら、過去の各時点で"最善だと思った表現方法"の積み重なりが、外からは"変遷"として目に映るのかもしれません。
しかし、絵の本質部分にある画家としての想いは・・・だからこそ、逆に「変わらぬもの」「変えられないもの」「変えてはいけないもの」を、ずっと追いかけ、求め続けてゆこうとしているのでしょう。

笹倉鉄平

2010年10月19日

この夏の小さな異変?

人に会えば、まずはお互いに「毎日暑っいですね…」で会話が始まるほどに、この夏は常ならぬ暑さが長く続きました。
各地で酷暑に見舞われて、暑さによる様々な異変や、記録が塗り替えられるといったニュースに大変多く接したように思います。

身軽な服装でいられる夏は元々好きな季節ですし、そこそこ暑さにも強い方だと思っていたのですが…
こうまで暑いと頭もぼぉっとしてしまうことが多く、仕事に集中する為の工夫を色々と考えたりもしました。

例えば、少しでもスッキリとしようと、夏の中盤には髪をバッサリ短くしてみました(今では大分伸びてきましたが)。
近年には無かった程に髪を短くする気持ちになったのも、取るに足らない程度ですが夏の異変(笑)だったように思います。

さて、今夏は京都で過ごす日が割と多かったのですが…異変に感じていたことがありました。
それは、今年になって欧米からの観光客がかなり増えているように感じていることです(数字的には未だわかりませんが、観光関連の方々からもそんな話を伺いました)。

中国からの観光客が増加の一途を辿る昨今、京都も銀座・富士山近辺ほどではないにしても、観光地として実際に彼らも多く迎えているはずですが、それ以上に、欧米からの方が例年以上に目立つような気がします。

特に夏になって、京都独特の"蓋をしたような"蒸し暑さの中、Tシャツ&短パン姿で元気に街を闊歩していたり、レンタル自転車で炎天下を颯爽と走りぬけたり、カメラを携えて楽しげに笑いさんざめきながらガッツに過ごしているのが、欧米人の方々なのです。

日本人観光客や地元の人たちが出歩くことすらはばかる天候下で、なんて精力的なんだろう…と妙に感心して眺める機会が多かったように思います(旅先での高揚感のエネルギーに助けれらてのことだと勿論分かっているのですが、それでも…)。

ただでさえ円高で日本を訪ねるには逆風のところ、遠路遥々やって来て、彼らには稀な体験でキツいであろう湿気を伴う酷暑にもめげず、日本を楽しんでくれているその姿は、なんだか気の毒にも微笑ましくも感じられて、特別印象に残ったからなのかもしれません。

彼らにとって、過酷な夏のニッポンの印象はどうだったのでしょうか?
暑さや円高などのマイナス条件も忘れて、"日本らしい"街並みや店舗のしつらえ等のデザインに「…うっとりする」と口を揃えて言ってもらえるのは本当に嬉しく誇らしいことです。

そうなると今度は、桜の春・紅葉の秋など日本がより美しい季節もやっぱり見てもらいたいなぁ、どんな顔をするかなぁ?どんな感想が聞けるかなぁ?などと、日本人として変な欲張り心までついつい芽生えてしまうわけです(笑)。
何しろ、秋本番が恋しくなってきた今日この頃です。

笹倉鉄平

2010年09月13日

残暑お見舞い申し上げます

 

残暑お見舞い申し上げます。

この夏は、日本中が例年になく暑いようですが、皆さま夏バテなどされていませんか?
せめて写真ぐらいは涼しげなモノを…と思い、先日、日帰りでスケッチに行った渓流(京都/高雄)でのスナップを選んでみました。

市街地より2~3度は涼しいと言われているだけに、少し息がつける思いでした。
こういった場所ならば、屋外スケッチも気持ちよく出来るのですが、今夏のような炎天下ですと、流石に帽子を被るくらいでは強烈な日差しから目を守ることすらできず、室内で制作にいそしむ毎日を送っています。

ところで、先ごろ新しい画集が出版されました関係で、書店などでのサイン会に何回か顔を出させて頂いております。
猛暑の中、多くの方に足をお運び頂いており、頭が下がる思いです。

サイン会でお目にかかる方には、直接にお礼のひと言をお伝えしているつもりなのですが、他に取り立てて気の利いた話も出来ず、少々もどかしくも感じております。

ですから、せめて画集などにサインを書く際には、それぞれのお宛名を"画家・笹倉鉄平っぽく"書こうとしています。
――例えば、文字数や大きさ、漢字だったら流れや形、全体の文字配分などなどを「どの様に書いてゆこうか?」と、最初にお名前を伺った瞬間から考え始めておりまして…サインをする時というのは、実はそんな所に全意識を集中させてしまっているのです。

どうやら、何度かお目にかかっている方のお顔やお名前を忘れてしまっていることが多いのも、神経が「記憶」の方へ向かっていないせいではないかと思っております(そもそも人のお顔やお名前を憶えるのが大の苦手という質も手伝っているのですが…)。特に、一度に沢山の方にお目にかかりますので、余計にその傾向は強くなってしまうようです。

また、「この方、以前にお会いしてるなぁ」など、自信を持てない疎憶えの記憶の時には、こちらからはそのようにお声をおかけ出来ませんので、余計に確信の持てないままに過ぎていってしまうことが多いのです。

そのくせ、(滅多に無いことではありますが)「この方絶対一度お会いしている」と妙な自信がある時に限って、お声をおかけすると、「いえ、今日が初めてです」とのお返事…それは、たまたま容姿が似ていた人だったり、似た雰囲気をお持ちのご夫婦だったりした所為なのかもしれませんが、自ら気まずい雰囲気を作ってしまい、何ともお恥ずかしい限りです。

もしも、"思い当たる節"がおありの方がいらっしゃいましたら、上記のような事情だったのかと笑ってお許し願えれば幸いです。
そんなこんなで、立秋・お盆も過ぎて秋へと向かう残暑の季節ですが、今年は長く厳しくなりそうとのこと。
どうかご無理をされませんよう、ご自愛下さい。

笹倉鉄平

2010年08月19日

『ヨーロッパ旅の画集』発刊されました

今回、"旅"がテーマの画集のアイデアをひねっていた間、ふと思ったことがありました。
「そういえば、子供の頃に好んで口ずさんでいた歌には、旅(っぽい)ものが多かったなぁ・・・」と。

同じ世代の方なら、ご存知の歌もあるかもしれませんが、例えば・・・
あの頃(60年代)タイヤのCMに使われていた「♪どこまでも行こう」や、永六輔さんの「遠くへ行きたい」、歌い出しの詩が旅情を誘う「どうにかなるさ」、タイトルもズバリな「出発(たびだち)の歌」や「心の旅」などなど、見知らぬ地への憧憬や旅への想いを織り込んだ歌詞の曲を、何度も繰り返し口ずさんでいたものでした。

そうこうしているうちに、当時の幼心にはまだ漠然としたイメージでしかなかった"旅"への好奇心や憧れが、刷り込まれるように、頭の片隅の何処かに積み重ねられていったのかもしれません。

画集の「あとがき」にも、子供時代の記憶について少し書いていますが、若い記憶の引き出しの中身というのは、その後の言動・思考にまで、良くも悪くも大きな影響を与えていることがあります。
また、子供の頃に居間の壁に掛けられていた絵や書、カレンダーの図柄を見ては感じていたことを、未だにハッキリと憶えていたりしますし・・・
昨日のことすら忘れる現在の自分にしては、不思議なものだと改めて思ったものでした。

ところで・・・

ここのところ長い間、様々な閉塞感に覆われている日本。
特に若い世代には、現在の何かと厳しい時代を元気に乗り切ってもらえたらなぁ・・・と、自分としてはエールを送るつもりで、画集という場を借りて、一行の文章や「あとがき」などを綴ってゆきました。

ですので、同世代やそれ以上の世代の方々には、おこがまく感じられる部分も多々あるだろうことも自覚しており、そんな所は、今更とても気恥ずかしく感じております。
それでも、折角多くの方に観て、読んで頂ける機会なのだから・・・と考え、絵に込めた想い以外で、読後に何かほんの少しでも感じ入って頂ける部分があったり、気分が良くなったりして頂ければ、本望だと書いた文章でした。

そんなわけで、この『旅の画集』には、作品と一緒に私の色々な想いを載せてみました。
ご覧になられた方、どのように感じて頂けましたでしょうか?
感想や疑問に思われたこと等、何でもお気軽にメールにてお寄せ下さい。
お問い合わせには、このページで順次お答してゆけたら・・・と思っております。


また、末筆になりましたが、今回の出版に際し、謝辞をひと言だけ・・・
評論をお寄せ下さった勅使河原純先生をはじめ、求龍堂さん、ニューカラー印刷さんの関係者の皆様、我がままなお願いを幾度も快く聞いて下さり、本当にお世話になりました。
心より感謝しております。この場をお借りして、深く御礼申し上げたく存じます。

笹倉鉄平

2010年07月08日

新しい画集が出版されます

当『Teppei.Net』のリニューアルを、先日させて頂きましたが、いかがでしょうか。
自分的にはスケッチ・ブック上で内容が展開される感じが、とても気に入っておりますし、画業20年という節目とも相まって、新たな気持ちでのスタートという気分がより高まる感じがしています。
さて、早速ですが、お待たせしておりました新しい画集のお話を…。

まずはタイトルですが、「笹倉鉄平 ヨーロッパ旅の画集」となっております。
そう、私の作品は、ヨーロッパなどを旅して歩く中から生まれたものが大変多いので、画業20年を記念する画集という意味でも、気持ちの上で自分自身ピタリとくるものを感じます。

サイズや厚さは、2000年に出版された「笹倉鉄平画集」とほぼ同じです。
掲載作品の数は、少し増えまして全115点となりましたが、上記とダブって載っているものは一点もありませんし、2004年出版の「やわらかな季節のなかで」とも、2008年のパリ・京都個展の図録とも、ダブっての掲載はありません。
更に、2002年の「全版画集」に掲載の作品は、当然全てが"完成した版画"の画像で載っておりますので、同じ絵としての掲載であっても、厳密に言えば違うものです。

そういった意味では、今までに出版された画集を既にお持ち頂いている皆様へも、少しだけ胸を張ってお伝え出来る点かな…(笑)と思っております。

2000年の画集では、使用した画材等その技法によって分類・構成が成されており、2004年の詩画集では、季節の移り変わりに沿った順序で、パステル画等の軽いタッチの作品が中心となっておりました。
では、今回の内容の方はと申しますと・・・

まず、全体に流れるテーマは「旅」です。
これまで未掲載で、ある程度の作品数がそれぞれ揃っている欧州11カ国の絵を、国毎に"章"で分け、限りある頁数の中、今回は「旅」のイメージ濃い作品が並んでおります。
(余談ですが、今回は"ヨーロッパの旅"を企画テーマにしている為、北米や日本を描いた作品は、当然ながら取り上げられておりません。)

そして、全作品の下に一行だけ短い文章も添えてありますので、絵を観て頂く際のオマケ(笑)だと思ってご覧頂ければと思います。

また、それぞれの題材となった街や村を印した地図も各国ごとに付けました。お仕事や家の都合などで、「遠くへ旅をする時間や余裕がなかなかとれない」という方が多い中、この画集を手に、旅をしているような気分を感じて頂ければ…と思いながら作ってゆきました。

更に巻末には、こちらのホームページ宛やお手紙でこれまでにお寄せ頂いたご質問の中から、旅に関したものにお答えした「Q&A」ページもございます。(見開きたった2ページではありますが、この『Teppei.Net』から生まれたとも言えるコーナーです。)

さて、肝心の時期ですが…全国書店の店頭に並ぶのは、6月下旬頃(地方で多少のバラつきはあるかもしれませんが)とのことです。
画集にまつわる諸情報は、今後オフィス(=㈱アートテラス)のホームページ上に随時掲載されてゆく予定です。

ここ数年、海外個展ごとに現地での図録画集が出来てはおりましたが、書店に並ぶ出版物としての画集は久しぶりですので、今は自分自身ワクワクした気分で、印刷・製本が完成するのを待っている感じです。

笹倉鉄平

2010年05月14日

またも“取り急ぎ”で・・・

前回このページにて「近々新しい画集の詳細を」と、"取り急ぎ"のお知らせをさせて頂きました。
無論、早くお伝えしたい気持ちでいっぱいなのですが・・・
つい先日ヨーロッパの旅から戻ったばかりで・・・少しお時間を下さい。
お茶を濁すわけではないのですが(笑)、代わりに今回の旅のお写真を1枚――

ハンガリーの首都ブタペスト、ドナウ河に掛かる有名な<くさり橋>を渡ったところです。

旅の前半は、まだ春浅い中欧だったせいか、天気の悪い時はダウンの上着を着込み、昼でも手袋が要るほどの寒さでした。
ところが、日が進んで場所を移動するにつれ春めいてゆき、最後イタリアから戻る頃には、夏日(気温が25℃以上)の日もあるほど温かくなりました。ダウン&手袋→半そでOK、まで移動の変化以上に、季節の移り変わりを実感した旅でした。

また、皆さんもニュースなどでご存知だったかもしれませんが、アイスランド火山噴火に因るヨーロッパ中の航空事情の大混乱(現地では"Travel Chaos"と称され、中欧どの国でも大騒ぎでした)で、その影響が多少あるかと途中少々心配した、列車やバスでの陸路移動でも、特に大きな混雑・障害も無く、どうにかすり抜ける様にやり過ごすことが出来ました。

旅のこぼれ話は、また絵が描けた時にでもゆっくりしたいと思いますが・・・再び"取り急ぎ"で、無事帰国のご一報まで。
それでは、また近いうちに。

笹倉鉄平

2010年05月03日

カンボジアへ行ってきました

やっと春ですね――不思議なもので、気持ちまで軽くなってくるような気がします。
冬の間、何かと忙しくしておりましたが、ここへきてようやく一山越えたことで尚更なのかもしれません。

さて、前々回ここでひと言だけお伝えしておりましたが、極寒の2月上旬に再びカンボジアへ行ってきました。
貧困や家庭の事情で学校へ行かれない子供達が通える学校を作り、その支援活動を続けていらっしゃる有志の皆様と、ご一緒させて頂きました。(詳細は『アトリエから』の、2008年01月24日「カンボジアでの休日」をご参照下さい。)

2年前は、約180名と聞いていた子供達の数が、世界的な不況の影響などもあって、現在は100名ほど増えているのだそうです。
今回は、東京と京都から、(それぞれが色々な形でチャリティに関わっておられる)10名のグループで訪ねました。

ざっくりとではございますが、撮ってきた写真を添えてお伝えしてみたいと思います。


280名ほどいるという生徒たちが、ズラリと並んで、我々の到着を歓待してくれました。
その後、歌のプレゼントということで・・・元気で楽しい歌を、役割分担や振り付けまでして披露してくれました。
きっと全員で何度も練習したんだろうなぁと思われるその様子に、「来てよかった。こちらこそ、ありがとう。」と、胸が温かくなました。


子供達一人一人に、全員でお土産やお菓子などを手渡ししてゆきました。
(私は今回、折り紙セットと英語の折り方本を、授業で使ってもらえる様にと、別途校長先生に託しました。)
照れくさそうに、嬉しそうに・・・受け取る子供達の表情は色々でしたが、無垢な瞳の輝きは変わらず心打つものがありました。
右側は、これまでの支援で新しく作られた新しい教室。壁はありませんが、増え続ける人数への対処は急務の様です。


今回の訪問の一番大きな目的は、体調の芳しくない子供に対する診療でした。(カンボジアは、人口当たりの医師数が世界でも最低水準で、薬や医療器具等にも乏しいというこの地では、医療を受けることすらなかなか難しいとのことでした。)
京都小児科医会の会長でもいらっしゃる竹内宏一医師が、50名ほどの色々な症状を訴える子供達を1人1人診てゆかれました。
全体には栄養状態の悪い子供が多く、虫歯の多さや回虫による慢性的なお腹の不調、怪我の後遺症、などが目立ったそうです。また、迷信的なことで薬を正しく利用出来ていなかったり、間違った民間療法を信じていたり、未熟な外科診療による症状の悪化が見られたり…など、基礎的・教育的な部分での今後の課題は大変多いことを感じました。


診察を受けている仲間を見守りながら、自分の診察順を待つ女の子たち・・・少し不安げな様子。
右側は、教室に貼り出されていた子供達による猿を描いた絵。学校の周りの林には野生の猿が多くいるので…いつも身近に見ているからこその、リアリティあるポーズと動きのサル四態でした。
昼間は35度を越える暑さの毎日で、真冬の日本へ戻った時は、夢だったかの様に思え、今では既に遠い昔の様な気がします。

アンコール・ワット等の素晴らしい遺跡から窺い知るクメール文化の素晴らしさを学び、誇りを持って継承していってもらう為にも、子供達に教育を受ける機会と、それ以前に、全ての基盤となる健康を守る医療体制の確立の必要性を実感した今回の旅でした。
元気をもらうことが出来る彼等の笑顔を絶やさない為にも、何が出来るのか・・・引き続き宿題は多いのでした。

*        *        *        *        *

ところで、話はガラリと変わりますが、(私にとって)ちょっと嬉しいニュースがあります。
新しい画集が、この初夏に出版される運びとなったことです。
正式な日にちまでは決まっていませんが、6月後半から7月にかけての辺りには書店に並ぶのではないかと思います。
もう暫くすると、詳細も分って参りますので、その時にまた詳しくお話させて頂きます。
取り急ぎ、お知らせまで。

笹倉鉄平

2010年04月05日

カダケス再訪、こぼれ話

「カダケス」と「カダケス2010」――。
同じ作家が同じ場所を描いたとしても、20年という歳月を経れば、その作品は変わって然るべきでしょうし・・・変わらない方が、むしろ不自然なことなのかもしれません。

では、「現実の風景は20年を経てどうだったか?」・・・を、今回こぼれ話として、写真と共に紹介してみることにします。

まず何より、基本的な街の作りや規模、全体の雰囲気、人々の暮らし様などは、ほとんど変わっておらず、ホッと胸をなでおろしたのでした。
それでも、レストランや店など細かい部分では、記憶と違う所も勿論多々ありました。
代替わり、流行の波・・・と抗えない要素は沢山ありますから、絵以上に変わっていて当たり前かもしれません。
逆に、時流を読んで上手に変化をしてきたからこそ、むしろ大きな印象の隔たりを招くことなく、美しい街を守ってこれたとも言えるのでしょう。

【昼下がりのカダケス】
正面右側から射す午後の斜めの陽ざしが、背の高い椰子の木の印象的な影を、白い壁に落とす様子が大変美しく、絵に描きたい気持ちになりました。

【絵を描いた場所の現在の様子】
な、なのに・・・あの椰子の木が(隣の不思議な刈り込みをされた木も一緒に)・・・無くなっている?!
残念なことに、20年の間に枯れてしまったのか?・・・仕方の無いことですが、"在りし日の姿"を描いておいて良かったと思いました。

【赤いパラソル (版画タイトル:雨上がり)】
雨が降って、ちょうど上がりかけの時・・・路面も舟の胴体も、窓から漏れる灯りや照明の光をキラキラと反射して、どこか詩情の様なものを感じる風景でした。その色彩を、現実よりも少々鮮やかに表現しようとチャレンジした作品でした。

【絵を描いた場所の現在の様子】
左の建物の1階、青い扉の中は、20年前は舟の修理工房でした。そこが、今はなんとピザ屋さんに・・・!! 夜ともなれば、外に何列もテーブル席が置かれ、華やいだ雰囲気に・・・そんな様子からは、「雨上がり」を描くインスピレーションはきっと浮かんでいなかったと思います。

 

以上、(絵的には)残念に感じた二例ですが、自分の描いた場所での直接的な変貌だっただけに、少しばかり驚きました。
同時に、絵にはとても大切なインスピレーション(アイデアの様なモノ)は、結構こういった自分が訪ねる時の偶然の重なりで成立しているのだと、改めて実感しました。

そして、この街の印象で最も大きな変化と思えたのは・・・中央に描いた教会を、美しく照らし出す夜のライトアップでした。
20年前は暖色系の温かい色のライトで照らされていたのに対し、今は青白い照明に変わっていたのです(恐らくエコロジー問題でLED系ライトに換えられたのでしょう)。

地球に優しい"エコ"には大賛成なのですが・・・あくまで個人的な趣味で言わせて頂くと、絵に描く上での雰囲気は、暖色系の光の方が正直好きなのです。
ですから、「カダケス2010」では、昔のライトアップ色を、敢えて再現してあります。

そういえば、「照明」については、こんな風にも思えました――。
灯りの色彩がどんな色だろうが、絵に描く分には、そこでの消費電力はゼロ。夜景を見ることを楽しむ、最もエコな手段かもしれません…CO2も出ませんし(笑)。
そう考えますと、絵の中では、もっと贅沢に沢山の明りを灯してみたいなぁ・・・と。

最後に脱線しましたが、以上こぼれ話でした。

笹倉鉄平

2010年03月08日

私にとってのカダケス

この冬は、雪が降ることも多く、思いのほか寒いような気がします。
そんな中、2008年に訪れたカンボジアの学校を、先日再訪してきました。連日35度を越える暑さの中、Tシャツ一枚でも大汗をかいていました・・・が、日本へ戻ればまた雪と、体もさぞやビックリしていたことでしょう。
(カンボジアでの話は、学校の現在の様子などを写真も交えながら、またの機会にお伝えしたいと思っております。)

ということで、ここでは前回の続きを・・・。

新作「カダケス2010」、ご覧頂けましたでしょうか?
そのコメント内でも少し触れておりましたように・・・「画家20年目の機会に、カダケスのあの場所にもう一度立てば、当時の自分自身と話が(上手く言えないのですが、そんな感じのことが)出来るだろうか」という思いが、2年程前から徐々に大きく強くなってゆき、実行したのです。

自身なりのこれまでの変化をどこかで確認したかったのか、どう進んでゆこうとしているのかを見つめたかったのか、理由は自分でも明確に分りませんが・・・決して短くはない20年という時間に線引きをしてみたかったのかもしれません。

思い返せば、この小さな漁村を知ったのは、建築関係の洋書の中に見つけた一枚の小さな写真でした。
20年前、インターネットからの情報は勿論無く、ガイドブックでも詳しいものはとても少なく、苦労していました。特に、都市やメジャーな観光地以外の小さな街や村を知る為には、大きな図書館や大型書店に足を運んで探すしか術はなく・・・それでも得られる情報はごく限られたものでした。

「ここを描いてみたい」と思い定めて現地を訪れ、最寄の駅から町中まで実際に歩いてみて、あまりに予想と違っていれば、その足で駅へと戻り再び次の候補地へ・・・などということもありました。
そんな状況ですから、その頃は行く前に予定も立てられず、目的地に到着後、市役所や観光課案内で地図をもらって少し歩き回り、"描きたい"と思う場所に出会えてから、その近くにホテルを探すことにしていました。

ところが、このカダケスは、着いた途端まるで一目惚れでもするかの様に、滞在を即決したという稀有の地でもありました。
その時、何がそう思わせたのか?理由を思い返してみますと・・・

①海と家並みがとても接近した位置関係にあること(海岸沿いの道幅が狭めなので、町の灯りが水面によく映える)。
②家並みが斜面にびっしりと建っているので、遠くから眺める街並の"固まり感"の具合が良い。
③それらの建物の壁が白い為、白熱灯はピンク味・蛍光灯は青味を帯びている感じがつかみ易かったこと(壁の色が濃いと、光の当たる様子や表情が分りづらい)。

・・・等、こんなにも好条件がそろっている場所に、画家としてのスタート直後いきなり出会え、原点となる絵を描けたことは、本当に幸運だったと感謝をしています。

また、"海に映る光"を初めて描いたのが、この「カダケス」でした。
その部分を描きながら感じていた手応え?楽しさ?から、光揺らめく水面の表情が中心となるような、もしくはそれを生かした構図で、もう一枚描いてみたい・・・そんな気持ちが、どこかでずっと燻っていたのかもしれません。
そんなことも、今回の再訪につながりました。

初めて訪ねた時には思いも寄らなかったことですが、縁もゆかりも無いスペインの片田舎の小さな漁村が、私個人にとっては特別な場所になっていった気がして、何だか不思議な感じがしているのです。

笹倉鉄平

2010年02月15日

この20年を振り返って

今年は、早いもので私の「画業20周年」の年にあたります。

思い返してみれば・・・
画業に専心すべくドタバタとしていたのは、つい先日の様な気もしますし、逆に、20年と言わずもっと長い長い期間を延々と画家としてキャンバスに向かい続けてきた様な感覚も同時にあって・・・陳腐な言い回しですが、いわゆる"長いような短いような"としか言いようの無い、複雑な心境です。

実際20年といえば、当時生まれた赤ちゃんが今年成人式を迎えるわけですから、確実に長い時間が経過していることだけは否定のしようもありません(苦笑)。

最近サイン会などで、「初めて作品に出会ったのは高校生の時でした」とおっしゃる様な方が、お子様(既に割りと大きな)と一緒にご家族でいらして下さる度、驚きと共に"自分は果たして少しは成長できているのだろうか?"と、首をひねったりもしますが・・・デビュー当時の自分と現在の自分では、それが成長なのかどうかは別にして、少なくとも"物事の考え方"等には大人と子供ほどの違いがあるように思えます。

今回は、そんな出発点の頃の話を少しだけしてみようと思います。

*        *        *        *        *

それは、まだ30代半ばの頃・・・1990年のことでした。
イラストレーターとして、広告やパッケージや出版物の仕事に追われる日々の中で、短い隙間を見つけては時間を紡ぎ出して、自身で絵を勉強する為、試行錯誤を繰り返しながら作品づくりに取り組んでいました。

当時も今と同じで、ヨーロッパを旅する中で浮かぶイメージから作品を描くことが多かったのですが、「自分の絵の目指すものはどこか?オリジナリティは何か?」といった、自らの問いかけにぶつかっては行き詰ってしまうことが多々ありました。
そこで一度、描き貯めた作品で個展を開き、広く一般の方々に観て頂いて感想などを伺い、進むべき"表現の方向性"など、感触の尻尾だけでもつかんでみたいと思い立ちました。

そして、東京・表参道と青山通りの交差する辺り、吹き抜けのカフェがある<青山スパイラル・ホール>1階のスペースで個展を開いたのでした。

知人・友人をはじめ多くの方々に、色々な場面・様々な形でご協力を頂き、何とか無事開催出来たことは大きな喜びでしたし、心からの感謝の気持ちに溢れた、色褪せない大切な思い出となっています。

ちなみに、その時展示した作品をここに載せてみたいと思います。
あくまで自らの勉強の為だけに描いたものです。しかし、現在の作風へと繋がる、自分にとって思い入れ深い作品でもあります。

【カーニュ・シュル・メール】
ルノワールが晩年にアトリエを構えたという南仏の村を訪ねた際、壁面の織成す色調に魅力を感じて描いた作品。この頃から既に"帽子を被った女性(実際にはいなかった)"や、"犬"が画面に登場していたんですね。

【真冬の帰り道】
フランス中央部、ボーヌという町の何気ない街角に"想像で雪を降らせて、自分の理想の風景に"・・・という、今と同じ様なことをしていました。
そして、実際にはいなかった人物にやっぱり"帽子"が・・・(笑)。


そして、初個展で、まさか・・・自分の作品を買って下さる方がいらっしゃるなど、その時は思い付きもしませんでした。
ですから、勿論値札も付けていなかったのですが・・・にも関わらず、本人の戸惑いをよそに「譲って欲しい」という方が次々と現れ、作品は一枚また一枚と手元を離れて行きました。
自分の描いた絵をとても気に入って頂けたという事実が、とにかく嬉しくて天にも昇る様な思いでした。

そんな中、初めは自信も無く不安いっぱいの気持ちで臨んだ会期中、画家への転向を強く勧めて下さったり、迷いの中で力強く背中を押して下さる方々に、大勢出会わせて頂きました。

その時には、"将来、絵を描くことに専念できたら嬉しいが、今はまだ少しづつでいいからそっちの方向へ・・・"程度にしか考えていなかっただけに、文字通り"清水の舞台から飛び降りる"気分で、戻る道を断ち切って一気に画家に転向することを心に決めたのでした。("絵だけで食べてゆく"ことは想像以上に容易でないことが、当時既に分かっていただけに、生半可な気持ちを捨て去る一大決心の時だったのです。)

更には、その思いがけない資金のおかげで、新しい作品制作の為にスペインへと旅立ち・・・半年後、「カダケス」という画家としてのデビュー作がここに完成したのでした。

・・・という所で、この続きはまた次回にでも。

笹倉鉄平

2010年01月13日

迎春(=春を迎える)


謹んで新春のお慶びを申し上げます。


新しい年を迎え、気分は早くも淡い春です。
と申しますのも…年末に発表をさせて頂いた新作、既にご覧頂いてますでしょうか?
桜満開の春の絵。

寒い季節は、体中の筋肉が強張っている様に感じてしまいますし、
こんなご時勢で気持ちまでしぼみがちな感覚に陥りやすいところです。
が、せめて咲き誇る桜と開放的でのんびりした風景の絵に、
気分だけでも明るく元気にゆきましょう、という願いを込めてみました。

"桜咲く"春が、やって来てくれることを思い描きながら、厳しい寒さを乗り切りたいものです。

*        *        *

さて、皆さまへのお年賀状のUPが少し遅くなってしまい、申し訳ございません。
今年もたくさんの賀状を頂戴し、ありがとうございました。
お返事をそれぞれにお出し出来ないのが心苦しいのですが、こちらでご勘弁お願い申し上げます。

皆様の一年が健やかで笑顔の多いものであります様、祈りつつ。

笹倉鉄平

2010年01月06日