アトリエから 2007一覧

新しい年が良い年でありますように

平成20年が平和で良い年でありますように!!

干支にちなみ"狛鼠"と共に(京都、大豊神社にて)

平成になって、早いもので20年。
元年に生まれた赤ちゃんが、成人する程の時間が経過したことになります。
それほどの時間が経ったことに、大きく頷ける世の中の変化を実感しています。

平成19年の、世相を表す漢字は「偽」でした。
よく見れば、この漢字は"人(イ))"の"為"と書きます。
"人の為"という大義名分の裏側に存在し、見え隠れしているモノを考えさせられてしまう一文字でした。
新しい年は、もっと明るくポジティブなイメージの漢字が選ばれる一年であることを願って止みません。

平成20年は、干支も一周し、先頭の「子年」に戻ります。
新しいスタートにはとても良い機会ですので、新鮮な気持ちで、また一歩一歩進んでゆきたいと思っています。

笹倉 鉄平

2007年12月27日

この一年を振り返って

早いもので今年も既に12月、気忙しい年末に向かってどんどん時間が過ぎてゆき、思わず知らずため息が出てしまう時期を迎えております。
改めて、今年は何をしてきたのだろうか?と振り返れば・・・"あんな絵も描いたこんな絵も描いた"と、次々に頭に浮かんできます。
それから、そうそう、自分の中で大きな出来事だったのは、昨年の「版画ミュージアム」に続き、春には「ちいさな絵画館」をオープン出来たことでした。
とても小さいとはいえ、一応自分の個人美術館に違いありませんので、今年の個人的な重大ニュースのNo.1ではないかと思っています。

開館して早半年以上が過ぎましたが、お陰様で広い年齢層のたくさんの方々にお越し頂いておるようで、大変嬉しく思っております。
中には、かなり遠方から訪ねて来て下さった方々もいらっしゃると伺い、頭が下がるばかりです。
この場を借りて、ご来館・応援を下さった皆さんに御礼を申し上げます。

また、館内でアンケートも頂戴しており、読ませて頂きますと、初めて観てくださった方々の新鮮なご感想も多く(勿論いらっしゃる度に書いて下さる既存の皆様のご感想も含めて)、大変参考になりますし、私の方が逆に励まされたり元気を頂戴したり致しており、感謝するばかりです。

現在は「音楽のある作品」展と銘打ち、音楽を意識しながら描いた絵を集めて展示を行っております。
その中で、今回一番奥の部屋に掛けた「ヴァイオリンの森に」という原画作品について、その展示経緯に少しだけ触れておきたいと思います。
通常、個人蔵の作品をお借りして展示を行うことは考えないのですが、今回はたまたまのタイミングで俳優の辰巳琢郎氏から、お持ちのものをお借りして展示することが叶いました。

この作品、実は1994年に氏がプロデュースを行い大成功をおさめた、『ドン・ボスコ海外青年ボランティアグループ』チャリティ・コンサートのイメージアートとして、その主旨に賛同をして描いたものでした。
もう10年以上も前になってしまったことにも驚きつつ、今回の絵画館の企画テーマにあまりにもぴったりだった為、ご好意に甘えて、展示をさせて頂ける運びとなり嬉しく思っております。

ところで、ちいさな絵画館の来年からの展示は、年間を通した一つのテーマに沿って、07年に展示出来なかった作品を中心に、初公開のスケッチや懐かしい版画も取り混ぜて展示する企画と致しました。
(詳しい内容やスケジュールは、デザインを一新させて先日リニューアルを行いました、絵画館ホームページにてご確認頂けますと幸いです。)

今後も、絵画館では、百貨店や大きな催事場での展示とは全く"異なる楽しみ方"をして頂ける形を目指してゆこうと思っています。
油絵には油絵の、スケッチにはスケッチの、版画には版画の、それぞれに違う良さがあるのと同様に、大会場、ギャラリー、版画ミュージアム、絵画館など、観賞の形や楽しみ方にも、やはり各々に独自のスタイルと良さがあると思っておりますので・・・。

さて、話は変わりますが、前から一度触れたかった件がございました。
上記でも私自身使用している様に、現在"原画"という言葉は、美術の業界でも「画家が自筆で制作した絵」といった意味合いで、普段当たり前に使われています。
本来的には、版画や複製画に対して、その元となった"画"ということでの"その原画"だったはずで、この世に一点しか存在しないオリジナルの作品を呼ぶには、(あまり使いませんが)"肉筆画"と表現するのが適切なはずです。
一般的に分かりやすい様にということで、世の中そうなってしまったのでしょうか?
私の場合は、確かに版画を作っている作品が多いので、その作品に関してだけ言えば、"原画"でもまあおかしくはないのですが。
正直、"肉筆"という言葉にも違和感を覚えなくはありませんし・・・自分で描いたものだから、"自筆画"とか???もしくはただ単に、"絵画"となってしまうのでしょうか?
何か良い呼称があればいいなぁと、いつもついつい気になってしまうのです。
・・・だからと言って、どうこうしたい、ということでもないのですが(笑)。

ということで、今現在は、制作中の絵を年内に仕上げて気持ち良く今年を締めくくりたい、と思って励んでいるところです。
「終わり良ければ、全て良し」という言葉に習いたいと感じてしまうのは、どこか"日本人のサガ"の部分なのでしょうか。

また、今年もこのホームページをご覧頂き、応援やメールをお寄せ頂き、本当にありがとうございました。
・・・ん?まだ少々早すぎましたね?(笑)

笹倉鉄平

2007年12月07日

日本の情景、海外の情景

前回のような"一問一答"形式でお答するのが難しく、ここの所とても増えてきている質問があります。
それは、日本や京都を題材にした絵に関することで、例えば「日本の風景は、どういった思いで描いているのでしょうか?」
「海外と日本では、描く時何か違う点はあるのでしょうか?」などです。
最近インタビューや取材を受けますとその辺の質問が多い為、今回はそのお答えを・・・というより、むしろ"その周辺の話"をするつもりで書いてみたいと思います。

まずは、ここ数年日本の作品を時折描いていることに関して、動機的なところから始めます。
月並みな言い方になってしまいますが、日本には他の国には無い独自の美しさや美意識があり、それらに出会い感動すると描かずにはいられない気持ちになってしまう、ということなのだと思います。
そういったモチベーションの部分は、海外で出会った風景・一瞬の光景などに巡り会って描かずにはいられなくなるのと、実は全く同じ感覚であり、制作中の気持ちや手順・技術的なことも含め、なんら変わりはありません。
唯一違うとすれば、日本を描く時には、自分が生まれ育った思い入れのある国への愛着と誇りが、根底にあるという点でしょうか。

しかし私自身も、若い頃は、日本独自の美も特別なものではなく、"そこにあって当たり前"といった見方をしておりましたから、あまり丁寧には見ていなかったのだと思います。
それよりも、(私に近い年代の方々ならば、きっとご理解下さると思うのですが)テレビ・映画・音楽などのエンターテイメントの影響で、むしろ欧米に対する憧れや、逆にコンプレックスもあってか、正直、見知らぬ国々の方向にばかり関心が向いておりました。
ところが大人になるに従い、海外の国々の情勢や文化、経済の色々な情報も目や耳から入ってきて、それぞれの国にそれぞれの良さや問題があるのだと徐々にわかるようになり、色眼鏡の取れた目で日本を見られるようになった気がします。
実のところ、若い頃には、歳をとると趣味が渋くなって"日本的"なものが好きになるのだ・・・などという誤解もしておりました(照笑)。

前回にも少しお話をしましたが、"どの国が好きか"という比較論ではなく、日本には誇るべき個性と美があり、海外の国々もやはりそれぞれにそれらを持っており、決して優柔不断などではなく、私にとってはやはり「どちらも良い」のです。
"国"を描こうとしているわけでもありませんし、好き嫌いや優劣の感情もありません。私は常に、その地方や地域に根ざした「人々の暮らしや営みの一瞬」を通して胸に去来したものを、描きたいと思っているのです。

さて、少々別角度からのお話になってしまいますが・・・

今から20年程前のヨーロッパ諸都市の街並みの様子を思い出しますと、それぞれに現在は随分印象が変わったように思います。
歴史的な建造物や大きな部分での風景は変わらないのですが、小さな建物や店舗・カフェなどは、時代と共に大きく様変わりしてきています。
特にECの成立は、加盟国同士の交流・物流の隆盛もあって、大きな節目だったように思えます。
勿論、いずれも悪いことではないのですが・・・。
例えば、ロンドンや英国のちょとした街では以前、いわゆる"お茶をする"時は、ティーショップやパブに立寄ったものですが、昨今では外資系のコーヒー専門ショップ的な店が随分目に付くようになりましたし、パリでは日本食レストラン(日本人以外の営む店が多く驚きです)が急激に増え、ややもすると、描きたいと思うアングルの中に東洋的な店先が入ってくることもあります。

今はまだ大きな都市だけですが、色々な国の街が少しづつ似てきていることに寂しさを感じています。
今後も、利便性が優位に立つにつれ、世界中の街がどんどん個性を無くしてゆくように思えてなりません。
勿論、文化というものは生き物ですし、便利な生活が実現してゆくことは良いことだということも理解しているのですが、万が一この傾向が進みに進み、グローバルなスタンダード上のひとつの"完成型都市"になっていくとしたら・・・などと考えると、わざわざ旅をして訪ねる楽しみすら無くなってしまうのでは? と、少々オーバーに考えたりもしてしまいます。
人間だって、一人一人個性があるからこその存在であって、皆が似通った外観と考え方になったとしたら、ちょっと怖いのと同じ理由なのでしょう。

また、国際化が物凄いスピードで進む現代だからこそ、国や地方それぞれが、独自の個性と誇り(=伝統)を大切にしてほしいと、心から願って止みません。
地球温暖化に突入する前の、まだスピード優先社会ではなかった時代にあっても、人々は幸せを感じて暮らしていたわけですから、そんなことも忘れないようにしたいものですね。
なんだか、くどい文章になってきて、自分でも言いたいことがわからなくなってきてしまいました。
質問にお答えしていたつもりが、久しぶりに硬い話になって・・・(汗)。

今後も、日本と海外、双方それぞれの良さを分け隔てることなく、私なりの観点で描いてゆきたいと思っています。

笹倉 鉄平

2007年10月22日

質問にお答えします Part.1

唐突ですが・・・
皆さん、「Teppei.Net Land」の9/11付け、管理人君の話題、読まれましたでしょうか? (←※旧Teppei.Netに存在したコーナーです)
そう、"6X6=32ロクロクサンジュウニ~"の話です。
これを読んで、私は管理人君とは別の意味で、心が波立ちました。

実は、私も九九がちょっと苦手なようで(特に六~八の段あたりに不安が・・・)、焦ることなく普通に答えを出せば人並みなのでしょうが、"とっさに"答を求められると・・・例えば、こんな具合になってしまいます。
ハチシチゴジュウシ~(8X7=54)・・・あれ?
シチロクシジュウハチ~(7x6=48)・・・えっ?
ロクハシジュウハチ~(6X8=48)・・・ん?・・・あ、コレはあってました。
ですから、この男の子の話には、ちょっと身をつまされてしまいました。
管理人君に、心の中の葛藤を抱かせないように、オフィスにいる時は、決して九九は口ずさまないようにしなくては(そんな機会は無いでしょうが)、と心に誓いました(笑)。
さて今回は、皆さんからのメールやサイン会時に直接お答え出来なかった質問などに対して、まとめてお答えしてみようと思います。
比較的多くの方から寄せられておりました質問に絞らせて頂き、また、似た種類の質問につきましては、内容を大きく括って一つにしてありますことご了承下さい。

Q.1 朝型ですか?夜型ですか?

若い頃は、典型的な夜型だったのですが、画家に転向してからは徐々に朝型になりました。
今は、午前中が最も制作がはかどる時間だと実感しています(これは脳生理学的にもそうなのだと聞きます)。
また、夜はどうしても電灯の光に頼らざるを得ないのですが、電灯は種類によって色の見え方が変化してしまいます。
つまり、太陽光のもとで描く方が、色彩が正確に把握でき、目にも優しい等の利点が多い為、努めてそうしているうちに、段々と変化したようです。

Q.2 絵を1枚仕上げるのに何日くらいかかるのですか?

勿論、物理的に、画面の大きさによって、期間は大きく左右されますが、絵の題材によってもかなり違ってきます。
例えば、込み入った街並みの続く絵などは、お察しの通り結構苦労し、自然物(森や海、草原、並木、水面など)の多い作品と比べますと、かなり長い時間がかかっているように思います。
油彩の場合では、上記の様にモチーフによって差はありますが、平均して、小さいものなら半月、大きいもので1ヶ月半から2ヶ月程でしょうか(特に意識して計ったことはありませんので、感覚的な数字ではありますが)。
また、2、3枚を並行して筆を進めてゆく場合もたまにあります。
基本的には1枚づつ制作しているのですが、たまに、頭にふっとイメージが湧いて、熱いうちに凡その部分だけは描いてしまいたい、という時や、絵の具を乾かさないと次の行程に進めない時などに、並行して手を入れたりしております。

Q.3 絵はいつもどこから ( or 何から、どの部分から) 描き始めますか?

う~ん、どう説明すればよいでしょうか・・・それぞれの作品のテーマや題材によって、かなり違ってきますので・・・難しい質問です。
ただ、基本的には、一番描きたいモノや画面の主人公になる部分を、どの位置に持ってくるかという構図をとる所がスタートとなります。
その後、色をおいてゆくわけですが、初めに色をのせる部分も、その"描きたいモノ"であることがほとんどです。
そして、初めの色を最大限に活かす色を考慮しながら、周辺の色調を決めて描き進めてゆきます。
例えば、夜景を描く場合などは、主に「光」を表現したいという気持ちが強くあります(=一番"描きたいモノ")ので、まずはハイライトから手をつけることが多いです。
また、画面上の主人公と"一番描きたいモノ"が一致しない場合もありますし・・・あまりに一作一作が別パターンの為、むしろ「どこから描き始めるかは決まっていません」と、お答えする方がよいのかもしれません。

Q.4 (まとまった) お休みがとれたら何をしたいですか?

やっぱり「旅へ出かけたい」と、思いますが、たまにはまだ行ったことが無い国や地方へと、絵の道具を持たずにふらりと行ってみたいです。
カルチャーショックを受けると、結構頭が真っ白になりますから、リフレッシュ出来ますし、新しいことに出会う刺激や好奇心が満たされる満足感で、パワーをもらえることだってありますので。
でも、きっとそんな素晴らしい風景に出会ってしまったら、結局どこかで画材を買ってでも、描きたくなってしまうのでしょうね(笑)。

Q.5 これまで訪ねた国 (もしくは街) の中で、どこが一番好きですか?

うーん、これまたお答えするのが難しいですね。
たくさん思い浮かんでしまうんです。どの国も地方も、興味があって訪ねた地ですし、それぞれに独自の魅力や味わいがあり、甲乙が付けられません。
好きな季節や好きな食べ物を尋ねられた場合も、やはり同様にそれぞれの良さに優劣がつけられず、やはりピシッと答えられない所を見ると、元々そういった順位を自分の中でつけられない性質(タチ)なのでしょう。
どれにも、捨てがたく比べられない良さがあり、いいなぁと思ってしまうのです。
「マイ○○ベスト10」的質問にお答えすることは、全くもって向いていないのです(というよりも、まず不可能でしょうね)。
こういうのを、世間では「優柔不断」というのでしょうか?(汗)


さて、今回は以上です。
今後も、「ちょっと聞いてみたいな」と思われたことは、どんな些細なことでも結構ですので、ご遠慮なく、メールなどでお寄せ下さい(作品への感想などもご一緒頂けると嬉しいですが、質問だけでもどうぞ)。
今後も、少しづつですが、お答えしてゆきたいと思っております。

笹倉 鉄平

2007年09月21日

帽子に思う

残暑お見舞い申し上げます


日本各地で正に"酷暑"の日々でした・・・「地球よ、大丈夫か?」と、思わず声の一つもかけたくなるような暑さです。
こういう天候の時は、屋外で絵を描けるわけもなく、アトリエの中で、涼しげな風景に思いを馳せながら、そんな絵の制作にいそしむ日々を送っております。

ここの所、ニュースや天気予報では、「水分補給をしっかりして、外へ出る時は帽子を・・・」と、いった言葉を挨拶がわりほどによく耳にします。
実は私の場合、(夏でなくても)外に出る時はたいてい帽子を被っています。
特に、野外でスケッチや絵を描く時には、どんなに眩しくてもサングラスをかけるわけにはいきませんので(色が変わってしまいますから)、頭・首の後を保護する為のハット型の帽子は必需品で、少年時代から"被りグセ"が身についているのです。

旅先のヨーロッパまで帽子はわざわざ被ってゆかずに、現地調達することも多く(種類が多く、安価ですし・・・)気付けば、随分の数になってしまっており、中には雨に降られてヨレヨレになったもの、絵具で汚してしまったもの等、そういった思い出と共に自分へのお土産代わりになっている感があります。

また、私の作品をじっくりと見て下さっている方々には周知のことかもしれませんが、たまに絵の中に登場する自分の姿は、ほとんどが帽子を被っていますが、これはやはり自らが抱いている「絵を描いている笹倉鉄平」のイメージだからに他ありません。

しかしながら、サイン会などで公の場に立つ際には、室内のことですし、また、「皆様に対して着帽のままというのは失礼になるのでは・・・」と思い、被らないようにしておりました。

そんな中、先日、知人とたまたま帽子の話になった時、「自身が思い描く"画家"としての姿で人前に出る方が、むしろ自然なのでは・・・?」などと言われて、それも一理あると思い、最近では皆様の前に普段通りの帽子姿で失礼しております。

近頃は、帽子屋さんを街で多く目にしますし、ファッションとして楽しむ若い人たちも増えてきており、以前の様に街中でも悪目立ちすることも無く、目立つのが好きではない私にとって、とても喜ばしい状況になってきています(笑)。

昔から帽子には一種の思い入れがありました。
欧米の少し古い風俗写真などを見ると、多くの人が季節やTPOにあわせた帽子を被っており、それらが、なんとも洒脱で洗練されています。
また、フランス印象派の画家たちの屋外での写真などを見ても、やはり皆雰囲気良く帽子を被っています。
日本でも、大正~昭和初期の頃の写真などに見られる様な、"着物に帽子"姿やモボ・モガたちの帽子姿などを見るにつけても、なんともお洒落で、憧れの目で見ております。
もっともっと色々な意味で帽子が復権して欲しいものだと、密かに願ってしまいます。

普段あまり帽子に興味が無い方も、この厳しい日差し除けに、思い切って帽子を被って出かけてみませんか?
ちょっとした気分転換をしつつ、街を歩けるのではないでしょうか?

2007年 盛夏

笹倉 鉄平

2007年08月20日

ただ今スケッチ中・・・

地球温暖化のせいか、ヨーロッパ各地で、現在天候がいつになく不順の様で、TVのニュース等でもそんな話題をよく目にします。
この季節としては、晴天が続かず雨が多く(先日パリ近郊の町では夕立で雹にまであいました)、屋外でスケッチをするのにも少々苦労しておりました。

 

さて、ここはパリのセーヌ河岸です。
街の真ん中では人が多い為、短時間で鉛筆描きをするのがせいぜいですが、こういう場所なら人目も気にならず、落ち着けますので、パレットや絵の具などを広げる余裕も出てきます。(地方の田舎町であれば、大概大丈夫なのですが。)

写真の奥に見えている鉄製の歩行者専用の橋は、ポンデザール(=芸術橋)という橋で、その更に奥にある白い石橋は、パリ最古の橋ポンヌフです。
雰囲気も異なるこの美しい二つの橋が、前後に重なって見えるところが気に入り、ちょっと描いてみたくなりました。

そこで、前回このページに書いておりました通り、現地での実際のスケッチの模様を、今回は写真も交えつつお届けしようと思います。

まず始めは、景色を見ながらピンと来た色彩の色鉛筆での線描きからスタートすることが多いです。
経験上、自分の使いたい色はおおよそ既にわかっていますので、普段からお気に入りの10色程度をバラで持ち歩いています。

今回は、橋の構造が複雑で難しく、随分時間がかかりましたが、ようやく線描きが出来上がりましたので、スケッチ講座本風(?)に、使用している道具も並べて写真に撮ってみました。

 

一般的に、スケッチで定規の様なものを使うことはまずないのですが、こういった建造物や街並みなどを描く際、おおまかな水平・垂直線や全体のパース(遠近法)のアタリ線を薄めに引いたりする為に私が役立てているのが、写真の左下方に写っている金属製の巻尺です。
橋などの巨大な人工的物体を、フリーハンドで描くのは意外と手こずるものですので、これをシャっと伸ばして、直線定規として使って重宝しています。

次は、色づけです。
大抵は小さな紙パレットにアクリル絵具(テーマによっては、固形の水彩絵具やパステルを使うことも・・・)を10色程搾り出し、常に持ち歩いている飲料用ペットボトルから、ビニール製の小さな折畳式筆洗いに水を注いで・・・、今回は太筆と細丸筆の2本だけで、ささっと仕上げました。

それがこちらです。
(画素数の少ないデジタルカメラですので、細かい所や正確な色彩をお見せ出来ず、残念ですが。)

 

スケッチをしながら感じたのは、もっと右側の方の景色も入れたい――ということでした。
用紙がもっと右へ続いていれば良かったのに・・・ということなのでしょうが、そう考えたことでひらめいた事もありましたし、今後の制作へとまた発展してゆくかもしれません。

この日は、たまたま丸一日近くゆったりと描けましたが、描きたい風景に出会えたのが夕暮れ近くだったりしますと、ラフな線描きで精一杯な場面もあり、帰ってからアトリエで、その時のイメージを膨らませながら加筆したり淡彩を施したりすることも多くあります。

ちょうど今、「ちいさな絵画館」で展示している淡彩スケッチの数々も、現実の風景の色彩というよりも、私の抱いたイメージの色で後から手を入れたものが多いです。

また、スケッチをする度に、その時々のちょっとした閃きや思いつき、構図、色彩の組合せ等、小さな"試み"をするように心がけていますが、それが油彩の大きな作品にフィードバックされることもあり、後になって、「○○○○」の"習作"へと変化する――といったケースもあるわけです。

逆に、淡彩スケッチの方が似合う題材や景色もありますし、あまり描き込まない方がかえってしっくりくる場合もあり、一口にスケッチと言っても本当に様々です。

 

前回にも述べましたが、目の前の風景や光景を正しく「写生」するというよりも、景色を前に自分の中から湧き上がる「印象」をどうにかして記憶の棚に保存しておきたい、という意味合いの方が強いのだと思います。

例えるなら、勉強をする時に、ノートに何度も書いたり、本や黒板を写し書きすることにも似ていて、スケッチをすることで、単に目の前の景色のみならず、流れている空気感、取り巻く様々な音、その時の自分の気持ち等が、少々時間が経ったくらいでは褪せない記憶として刻まれてゆき、残されたスケッチを見るだけで、それらが全て鮮やかに心に蘇ってくるわけです。

以上、ここに書いた事は、あくまで"私流のスケッチ"の紹介で、描く人それぞれの方法論・考え方があるでしょうし、その方が自然です。
スケッチに、正しい方法とかより良い方法とか、決め付けるべき事柄は何も無いのだと思います。

皆さんも、旅先で(否、のみならず近所でも)、時間的な余裕がもしも取れたなら、小さな紙に手近なものでスケッチをしてみてはいかがでしょうか?
上手いとか下手とか全く関係なく、新しい発見が出来たり、自分自身をその時の空間ごと、そこに留めることが出来るかもしれません。

笹倉 鉄平

2007年07月17日

「オストゥーニ」への感想メールありがとうございます

暑すぎず、涼しすぎることもなく・・・また、薄着でも心地よく過ごせ、比較的肩もこらないせいか、制作に集中していても身体が軽く感じられる今日この頃です。
屋外でスケッチをするのも楽な季節ですので、一段落しましたら、そろそろ遠出をしようかなぁなどと思っています。

ところで、新作版画の頁で先日公開された「オストゥーニ」に関するメールを、ここのところ随分多く頂戴しており、驚くと共に嬉しい限りです。
特に、朝の光と夕暮れの光を同時に一枚の絵に表現しようとした自分なりのチャレンジに対し、関心・興味を持って頂けたことを肌で感じ、"描いてみてよかった"と素直に思えますし、そういった皆様のメールから新たな元気を頂戴し、感謝致しております。
わざわざメールやお便りを下さった皆さん、ありがとうござました。
「オストゥーニ」は、朝と夕暮れの両方の時間を一緒に描くという、写真のリアリズムとは異なる方向へ向かった作品でした。

写真というものは、どんなに写し撮る対象が現実離れしていようと、"現実に存在しているもの"として見る側は認知をしますが、絵は、全く同じ対象がそこに描かれていたとしても、"果たしてこれは現実なのか?作家の想像なのか?"という見方を、まずはされるのではないでしょうか。
つまり、真実を正確に伝える力において、絵は写真にはとうてい敵わず、その"あり方"は決定的に異なるものです。

絵というのは、画家の主観が反映された、"理想"を描くもの、とよくモノの本にはありますが、正にそうなのかもしれません。
どんなにリアルに対象を描き出そうとしても、どこかに描き手の主観や思いや願望の様なものが、スルリと滑り込んでしまうからなのではないでしょうか。

私の場合、写実的な描き方をしているせいか、風景を写真の様にそのまま描いているのでは?と、たまに誤解をされてしまうことがあります。
しかし、現実に存在しない街や通り、はたまたあり得ない角度からの風景を多く描いてきましたし、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、比較的見たままを描いたような絵でさえも、細部をアチコチ変えていたり、人物は(犬や猫も)ほとんど想像だったり、全体の位置関係をずらしていたり、色調を現実とは全く変えてしまったり等々、多々しており・・・当たり前ですが、対象を"正確に描きたい"と、思って描いているわけではないのです。

そういった諸々のアイデアは、現地でスケッチをしながら受ける印象から思い浮かんでくることがほとんどで、それらの覚え描きの様なものが、習作と呼ばれる"絵の素"になったりするのです。

しかし、限られた環境の中で、制作に必要なとても細かい部分までを、全て描き写して記憶してくるのは不可能に近いわけですし、そんな時はカメラのお世話になって、あちらこちらのアップをメモ撮りしています。
それらは、自分の絵を描く為の資料としては必要なものですが、カメラマンや趣味で写真を撮る方々には笑われてしまいそうな、意味不明でお粗末なものばかりです(笑)。

美しい"一枚の絵そのもの"といった写真ならば、写真作品として既に世の中に生み出され、多くの人に愛でられているのですから・・・。
だからこそ、いつもお話する様に、心に響く実際の風景を前に、「何」を「どう」描くかが、スケッチしている時の自分にとっては一大事なのです。

さて、そんな"スケッチの話"は、実際の現場でのレポートも含めて、次回にしてみたいと思います。

笹倉 鉄平

2007年06月15日

「ちいさな絵画館」へ行って来ました

先日、制作の方がやっと一段落を迎え、「ちいさな絵画館」を訪ねてきました。

美術館、ギャラリー、百貨店の展覧会など、絵を楽しむ形は様々あり、それぞれに違った良さがあると思うのですが、"絵画館"は以前より、作品を展示する壁面も増え、原画に囲まれた3つの小さな部屋のある、より落ち着けるスペースになった様に思え、また一つ新しい形の鑑賞の場が出来たことに"ちいさな"喜びを感じてしまいました。
・・・のっけから手前味噌な話で恐縮です(笑)。
先月22日の開館以降、早速多くの方々にお越し頂きました様で、嬉しく思っております。
特に先のゴールデン・ウィーク中、かなり遠方からおいで下さった方も中にはいらっしゃったと聞き及び、感謝致しております。
(また、お祝いの花等のお心遣いを頂きましたことも、この場を借りて御礼申します。)

現在は、次回の企画展である「ヨーロッパ淡彩スケッチ展」に展示する作品の選択をしている所ですが、緑色の作品ばかりで統一されている今の館内が、自分自身気に入っておりましたので、あと一月足らずで終了してしまう(※6月11日迄)のが、少々寂しくも思えます。

 

さて、この文章、移動中に書いておりまして・・・思えば昨年来、北京での展覧会準備で夏休みなどすっかり忘れておりましたし、年末はギリギリまで絵画館の準備、年始は2日から制作を開始し、何やかやと、まともな休みを取れぬままにずっときていたのですが、ほぼ一年ぶりに、4日間ではありましたが連休がとれ、頭も体もようやく一緒に休ませることが出来ました。

若い頃には"目の前に人参をぶらさげる"感覚で、休みを取る為に頑張ったものでしたが、最近では、より良い仕事をする為に、休みだって最小限は取らなければと考える様になりました。
きっと、絵の制作そのものが、歳を重ねるごとに自分にとってより大切なものになってきているからなのだと思います。

この休暇の間、青い空を眺めながらぼんやりと考え事をしていると、普段は見えていなかったことに気付いたりして、かえって得ることが多かったように思えるのです。

人は、多忙の中にあって困難な仕事や状況に日々立ち向かっていると、とかく、解決をあせって細かい事柄を考えたり悩んだりして、すっかりそこにはまり込み、大切な部分を見失ったり判断を誤ったり、失敗をしてしまうものです。
"少し距離をとって見ることが出来れば、大局が見える"とも、よく聞きます。
・・・これって、絵の制作にも、とても似通ったところがあるのです。

少なくとも、ここしばらく知らず知らずに無理をさせていた自分に気付けて良かったと思いますし、次へのエネルギーも得られましたので、早速また新しく一歩を踏み出すこととしましょう。

笹倉 鉄平

2007年05月14日

「ニューヨーク・アートエキスポ」報告

ご無沙汰をしているうちに、心配なほど暖かかった冬も終わり、いよいよ春本番となりました。

そんな中、先日ニューヨークで開催されていた「アートエキスポ/2007」に出品して参りました。
「ニューヨーク・アートエキスポ」というのは、現在の美術品取引の中心地であるニューヨークで、年に一度この時期開催される、最も大規模な国際的アートフェアーです。

今年は3月1日~5日の5日間、NY市の中央部ハドソン川近くにある"ジェイコブ・K・ジャビッツ・コンベンションセンター"という、有数の大きさを誇る展示会場で開催されました。
アメリカ全土はもとより、ヨーロッパ、アジア等から作品が集まり、会期中の会場は、多くの美術関係者、個人の愛好者やコレクターなどで、大いににぎわっていたそうです。
私自身は、制作からどうしても手が離せない時期だった為、現地へ足を運びませんでしたが、事務所のスタッフや現地でのご協力者の方から、そういった報告を聞きました。
日本や、先日の北京・イタリアなどでの人々と、共通する点が多い感想や反応を頂けたようで・・・やはり、人間の感性というものは言葉や文化などの違いを越えて、心でつながりあうことが出来るということを、今回またしても確認できたようで心温まる思いです。
また、こうして多くの人々に国境を越えて自分の絵を観てもらえる機会があることに感謝しつつ、心から嬉しく思っております。

スタッフが撮ってきてくれた、現地での写真がございます。
たったの二枚だけですが、会場の空気などを感じ取って頂けましたら幸いです。

会場入り口付近の様子です。この広大さが伝わりますでしょうか?

今回は、原画・版画あわせて約25点を出品致しました。

さて、もう一つご報告を・・・。
前々回にお話をさせて頂きました「笹倉鉄平ちいさな絵画館」のことですが、GW前の4月22日(日)晴れてオープンできる運びとなりました。

神奈川の「版画ミュージアム」の時とは異なり、私はオープニングの当日には、伺うことが叶いません(これもやはり制作の都合で、時間がどうしてもとれそうにないからなのですが・・・)。
しかし、そのうち描いている絵が仕上がりましたら、是非とも様子をうかがいに行こうと思っております。

本当に手狭なスペースですが、逆に"だからこそ一点一点をゆっくりと、マイペースで楽しんで頂ける場"となり得ることと思っておりますし、その様に感じて頂ければ嬉しい限りです。
そして、自分自身にとっても特別な場所になりそうで・・・今からオープンが楽しみです。

笹倉鉄平

2007年04月02日

美大時代

受験シーズンもそろそろ終盤を迎え、周囲に受験生がいる方々には、空気がピリリとしている頃かもしれません。
この後暫くすると今度は、卒業・入学もしくは就職と、若い人たち(だけではないかもしれませんが)には、人生の節目を迎える、少々大変でありながらも希望に満ちる期間がやってきますね。
今になって思うと、どんどん知識を吸収出来たその頃に、貯めておけば役に立ったであろう歴史や語学等を、もっと勉強しておけば良かったと、羨望と共に少々後悔の念にかられたりもして・・・(苦笑)。

・・・などと考えておりました所、以前に「少年時代(02.03.01.付)」というタイトルの話を、ここに掲載させて頂いたことを思い出しました。
書いたことすら忘れてしまいそうに時間が経ってしまいましたが(笑)、今回は続きとして美大生時代の話をしてみることに致しましょう。

まずは、美術大学進学の際に、“油絵科”ではなく“デザイン科”を受験した所以なのですが・・・高校二年生の時に、ニューヨークのとある有名デザイン・オフィス(ミルトン・グレーサーとシーモア・クワストによる『プッシュピン・スタジオ』)の仕事を三冊セットに収めた本を、書店で偶然に手にし、1ページ1ページから溢れるその都会的で洗練されたセンスに、いっぺんに魅了されてしまったのでした。
その時、雷に打たれた様に考えたことは、「絵を描く技術は独学ででも何とかして、この得体の知れないカッコよさ(当時はそう思った)の方を学ばなくては!!」・・・だったからなのです。

20歳の頃、6畳ひと間のアパートにて。 友人が知らない間に撮ってくれた、その頃の数少ない写真のうちの1枚

 

入学したての頃は、“さぁ、これで大好きな絵やデザインの勉強が思い切り出来る!!”と、燃えていたのですが、ハタと気付けば、その教室にいる80人ほどの生徒たち全員に、あるレベル以上のデッサン力も色彩構成力もあるのは当然でした。
更に、周りをちょっと見渡しただけでも、皆それぞれに個性豊かでカッコよく見えてしまい、世間知らずの自分をとても小さな存在に感じてしまったのです。

高校生までは特技としての“絵”によって、ある種の存在アピールが可能だったのに対し、既に“絵が上手に描ける”ということが普通であるこの環境で、どうしたら自己を表現出来るのかという、アイデンティティの危機を、その時痛切に感じてしまったからでしょう。

つまり、この美大だけでも他の学科に多くの生徒がいて、その上、日本中に、こうした美術学校・専門学校がたくさんあるのに・・・などと考えるうち、自分はこの先“果たしてこの世界でやっていけるのだろうか?”と、漠然と不安な気持ちに陥ってしまった・・・というわけです。(今にして思えば、多くの生徒が同じように感じて悩んでいたのかもしれません。)

そんな状況で、“悩んで学んで”を繰り返し、今の自分に一番足りないものを探してゆくうちに、それはいわゆる“描く技術”ではなく、物事をとらえる感性やセンスなのであろうことが、はっきりとわかってきました。

そこで、幸いにも校内に在った立派な美術資料図書館で、自分に役立ちそうな絵画やデザインに関する本を閲覧しまくり、時代をとらえる感覚を養おうと、各ジャンルの雑誌に片端から目を通し、街に出てはマン・ウォッチングをしたり、勿論、映画や音楽もかじったりetc.、色々なことに触手を伸ばしました・・・などと書いていると、ただの遊び呆けている学生にしか見えませんが(笑)、当時の本人にとっては、感性を磨くことを常に意識して行っていた、真剣な行動だったのです。

そして、この“自分の感覚の研磨作業”は、卒業後のデザイナー、イラストレーター時代から、現在に至るまで、細々であっても続けていかなければ・・・と、時間の使い方を工夫しつつ今でも努力しています。
なぜなら、絵を描く時にとても重要な役割を担うこの感性は、一端途切れてしまうとすぐに錆付いてしまうものだからです。

画家になって以降のほとんどの作品がそうなのですが、旅の中で出会った風景や光景を『どの様に表現するか』が、絵の核になっています。
そこには日常の中で磨いた感覚が大きく関ってきますし、画家としてのオリジナリティをも左右してしまうのが、この感性の部分なのだと考えています。

ですから、アーティスト(=表現者)としての制作過程の中で、アトリエにこもる時間は必要不可欠なものですが、それ以上に重きを置くべきは、上記の感性であり、キャンバスの前で筆を握っている時、既に頭の中では、その絵はほとんど完成しているわけです。

誰の言葉だったのか忘れてしまいましたが、正に「音楽の外に“音楽”は在り、絵画の外に“絵画”は在る」なのです。
この言葉に出会い、その意味を多少でも理解出来るようになれたことは、美大時代の大きな収穫だったと思います。

そんな遥か昔、まだまだ青かったその頃を振り返ってみて、若い人たちに伝えたいと思うのは・・・人は、先のことを思い悩んだりし過ぎると、どこか間違ってしまいがちで、逆に目の前のことに集中することによって、初めて先が見えてくるのではないか、ということです。

たとえ、やっているその時には有意義に思えず不満を覚えるようなことであっても、後々何か大切なことを得られていたことに気付き、無駄なことなど一つも無かったと、思えるものです。

余談になりますが、美大時代には必要に迫られ、様々なアルバイトをしてきました。デザイン事務所、撮影スタジオ、喫茶店、スーパーマーケット、土木建設現場、等々、色々な場面で、それこそよく失敗をして叱られたり、恥もたくさんかいたものでした。
世の中のしくみがわかっていないのですから、それも当然のことですし、人は失敗や恥の痛みを知る中で一人前に成長してゆくわけで・・・などと、段々説教臭くなってきてしまいましたね(笑)。

今となっては、「馬鹿だったなぁ」と思うような恥ずかしい思い出も多く、また、社会や絵に対しては、いつも疑問や不安をたくさん抱えてもいました。
しかし反面、日常の暮らしは、お金は無くとも日々とても楽しくて、好奇心に溢れて輝いていた、エアポケットの様な青春時代でもありました。

笹倉 鉄平

2007年02月15日