アトリエから 2006一覧

Season's Greeting

I wish you a very merry Christmas
and a happy new year !!

 

上の写真は、京都の護王神社で撮りました。

以前、ここをスケッチした折、ちょっと珍しい"狛犬"ならぬ"狛いのしし"に出会ったことを思いだし、’07年の干支にぴったりだと思い立ったのです。。

既に正月準備がなされており、とてもおめでたい感じの一枚になりましたので、ここに載せることにしました。

新しい年が、どうぞ皆様にとって良い年でありますように。

2006年 師走

一年の感謝と共に・・・

笹倉 鉄平

2006年12月24日

北京”二人展”、応援ありがとうございました。

前回、北京からの展覧会速報を取り急ぎさせて頂きましたが、その後のご報告が遅くなってしまい、毎度の如くすみません。

版画ミュージアムのオープンがあり、その翌日からはヨーロッパへ制作に出かけ、まだ帰国したばかりの少々冴えない頭でこれを書いておりますので、乱文お許し下さい。
(ヨーロッパ現地からの写真やレポートを日本へお届け出来れば・・・と、毎回思うのですが、純粋に制作の為だけに出かけている時は、頭の中は"絵"のことだけでいっぱいいっぱいになってしまい、なかなか難しいのです。せめて、絵に付けているコメントなどから諸々ご想像頂ければ幸いです。)

さて、本題に戻りましょう。
北京での展覧会会期前後には、たくさんの"応援及びおめでとう"メールを頂戴しておりましたが、その御礼すらまだ出来ておらず、失礼致しておりました。
読ませて頂きながら、そこから大きなパワーを頂けたことで、無事に成功という形で幕を引くことが出来ました。
日本から応援して下さっていた皆様も、本当にありがとうございました。謝々!!

今年に入ってからの「アトリエから」の頁に、北京ネタが勢い多くなってしまうほど、この展覧会には、劉さん・私を含めスタッフや関係者一同、入れ込んでいたのでした。
というのも、絵を通しての日中友好という社会的な活動を、微力ながらもなんとか成功させてみたいという皆の気持ちが強かったせいなのかもしれません。

開会初日は、中国美術館内にある記者会見での、記者・ジャーナリスト、美術評論家の方々とのやりとりの中で、今回の"二人展"開催趣旨を話している間、多くの方々が大きく頷きながら聞いて下さる様子や、終了後に力強く握手を求めて下さったことなどから、正しく通じあえたことが感じられ、とても嬉しく印象的でした。

更に、今も胸に残っている一言があります。
それは、宮本大使が絵をご鑑賞下さっていた時、ご案内を務めさせて頂いた私にこうおっしゃって下さったお言葉です。
『貴方は微力だとおっしゃるけれども、こういった芸術・文化を通じての友好の思いには、非常に大きな力があるものなのですよ』と。
やはりチャレンジして良かったのだと思えましたし、頑張ってきた関係者一同をねぎらって頂けました。

そんな風に、在中日本大使ご夫妻や大使館関係の方々をはじめ、中国側も中央美術院や中国美術家協会といった各分野の層々たる面々に、短い期間に次々とお会いして、我々一同、顔はこわばり、頭はずっとテンパリ続けていたのでした。
その後、日本からわざわざおいで下さった方々が皆様、無事ご帰国された報告を現地で聞いた時点で、ここまで来れた大きな一段落に、関係者一同ほぉっと安堵した感もあり、劉さんとそれまでの様々な道のりを思い"良かったね"と、互いの肩を叩き合ったものでした。

前回のこの頁に、「書きたいことは山ほどありますが・・・」などと書いてしまいましたが、いざ書き出してみますと、文章ベタで上手くお伝えすることが出来ず、いつもながら歯痒いばかりです。
そんな中、大阪と東京で年末と年始に開催して頂けることが正式に決まった私の個展にて(スタッフ注:詳細は"個展などのご案内"ページでご確認下さい)、今回の絵の展示は勿論のこと、写真パネルやVTRなどで、現地での様子をご覧頂けるようになっております。
ご都合がつくようでしたら・・・私の文章よりは、臨場感をもって会場の雰囲気などを感じて頂けるのではないかと思います。

以上、つたないご報告で失礼致しました。
再見。

2006年11月27日

北京での展覧会 速報‼

人民大会堂でのレセプション・パーティ


国立中国美術館での開幕式

日中友好に少しでも役立てばと思い企画した、友人である中国出身の日本画家「劉長順」氏との二人展が始まりました(10月13日~20日正午迄の会期)。
思えば二人が意気投合してから長~い月日が経っており、「ついに」という感じがします。
そして実現の為に、本当に多くの現地北京の各分野の方々におしみないご協力をいただいたことが、とても有難く、強く胸に残っております。

国立の美術館での展覧会は初めてで、しかもそれが、大国、中国の首都「北京」での開催ということでかなり緊張していましたが、記者会見では多くの美術評論家の方々にもご支持をいただけた様で、胸をなでおろしています。
光栄なことに、この展覧会の後援に駐中国日本大使館がついてくださり、また開会のテープカットには宮本大使がじきじきにご列席下さり、私達はもとより、主催していただいた中国美術家協会の会長様をはじめ、中国側のご出席者も驚かれつつも、大変喜んでおられました。(宮本大使は中国で大スターなのです)

また、先立って行なわれた人民大会堂でのレセプションでは、大使夫人と大使館の方々もご出席下さり、また、中国側からもそうそうたる方々が、ご多忙にも関わらず多数かけつけて下さり、恐縮しながらも、劉さん共々大変に感激を致しましたし、ご歓待に感謝も致しております。

そして、心から嬉しく思ったのは、ご多忙をぬって日本からも多くの方々がご参加下さったお陰で、日中友好の色が、より濃く深くなったということです。
今回こういった形の「二人展」という一石を投じたことで、素晴らしい友好の輪が広がっていくさまを目にし、美術というもので何らかのお役に立てたような気がして、やって良かったとしみじみ思っております。

書きたいことは山ほどあるのですが……今日のところは、ごめんなさい。
とりいそぎご報告致します。

再見

笹倉鉄平

(追記/これらの様子は12月大阪で、1月に東京での展覧会で観てもらえるように考えております。)

中国美術館の展示室にて


景山公園入口にて、ツアー参加者の皆さんと


2006年10月16日

"何を、どう描くか?”

はや9月・・・もう来月は北京での展覧会ですが、その準備も着々と進みつつあります。
今更ジタバタ慌てることも出来ない時期に突入し、今は落ち着いて普段通りの制作をしております。

暑い中、暑中見舞い等々で「次から次へと制作が大変そうで・・・」とお気遣い頂き、体調などご心配頂いておりましたが、"絵を描く"ことは、もはや"仕事"という感覚ではなく、大袈裟かもしれませんが、生活の一部ですので、あまりストレスも感じずに元気に描いておりますからご安心下さい。
また、頂戴したメールやお手紙に、お返事をお出し出来ませんが、お詫びとともに心から御礼申します。

最近、この頁で"絵"そのものにつてのお話をあまりしていなかった事に気付きましたので、今回は、時折頂く「"イラスト"と"絵画"はどう違うのでしょう?」といった趣旨の質問に関してお答えしつつ、その辺にまつわる話をしてみたいと思います。

勿論、辞書をひいて頂ければ、言葉の意味自体はそれぞれにわかるのですが、その意味の間にある在り方の差がわかると、より理解し易いと思いますので、私なりの説明?考え?を述べてみます。

まず、イラストというのは印刷されることを前提にして、発注者(クライアント)側の抱いているイメージを効果的に描くものであり、ほとんどが商業的利用目的下におかれています。
対して絵画は、描き手自身の内側から沸きあがるイメージや、自身が描きたい対象を自由な表現で描き出したもののことです。
ですから、例えば・・・イラストレーターの人が、本人の意思にのっとって制約無く描いたものは、間違いなく"絵画"と呼ばれるべきものだと思うのです。

そして、そんな絵画の世界では便宜上、様々なカテゴリー分類がなされ、○○・アートなどといった呼称や線引きが、いつの間にか付いていたりもします。
歴史・学術的な観点からも、それは勿論重要で必要なことです。
しかし、日本では、古い慣習からなのか特に、目に見えないジャンル分けや枠組みがなされていることが多く、描く側の立場から見ていると、私などはそもそも不思議に感じてなりません(そういった枠があることによって、観て下さる方々をも枠に追いやることにつながってしまう様に感じて、残念に思います)。

ものの本でよく目にする『絵にジャンルなど無い。もしあるとすれば、「描き手が、自分の"心"を表現出来ているもの」か「それが出来ていないもの」の二つだけ』という趣旨の言葉の方が、私にはしっくりくるのです。
描き手の"心"というのは、不思議とそれを観る側の心にまで届くものですし、逆に、伝えたい"心"が曖昧だと、観る側の心を揺さぶる事も無いでしょうから。
しかし、これがまったくもって難しい事で、口で言うほど簡単な事では勿論ないわけです。

絵を勉強し始めて30年以上になりましたが、現在、絵を描くにあたり一番大切にしていることは、『①何を、②どう描くか』という基本中の基本です。
②は表現方法ということですから、作品のオリジナリティの為に重要であることは、誰が聞いても明らかです。
皆さんにとって、少々解りづらいのが①だと思います。
特に私は、風景、人物、静物と、わりと幅広い対象を描いてきているだけに、何だって描いてしまうのではないかと誤解されがちかもしれません。
画家にとって大切なものである、描く姿勢や動機を決定づけているのは、実はこの①の方なのです(当然、画家さんそれぞれによってアプローチ方法に違いはあるでしょうが)。
それが上記でいう所の"心"ある絵として、ということになると、対象選びから制作自体がスタートしており、実は①がとても重要な部分を担っているわけです。

ですから、実に申し訳ない話なのですが、具体的に「XXXの絵を描いて下さい」というお言葉を頂いた時、それにストレートにお応えすることは非常に難しく、もしも無理にそうしたら、そこに画家の魂・心は不在になってしまい、もはや"絵"ではなくなってしまうことになりかねません。
ただ、たまたまリクエストと私の描きたい"心"が偶然合致することもあり得ますから、長い目で待って頂けると嬉しいです。

ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、私の場合、自分の描く絵を少し離れて冷静に見つめる"もう一人の自分"が、
制作中必要な時に、たまに顔を出して、「本当にこれでいいのか?このままでは伝わらないのでは?」といった問いかけをしてきます。
この別人格の様な声の主は、実は私の絵を非常に否定的に見る、厳しくて面倒な奴なのですが、結構頼りにもしているのです。

若い頃、イラストレーターとして活動していた時、イラストを描くには"第三者的な目"が絶対に必要で、必然的に頭の中に生まれてしまった"こいつ"(苦笑)は、いまだに居座り続けているのです。
制作中はやたらと否定的な"こいつ"と、そんなやり取りをしているうちに、「これだ!!」という光明と出会い、それを追いかけてゆくうちに段々と"こいつ"が姿を消してゆき、絵が仕上がってゆくのです。

たまに、この意地悪な奴にコテンパンにやられることもあるのですが、皆様からの作品への感想や励まし・応援のお言葉によって、自分の込めた魂がちゃんと受け取ってもらえている事を知り、弱々しくなった"自分を信じる力"を建て直しています。
この"自分を信じる力"がないと、絵というのは描けないものなのです。(私だけでなく、きっとほとんどの画家さんがそうだと思います。)
そんな風に、いつも皆様からパワーを頂戴しておりますので、せめて「ありがとう」の一言を直接お伝えしようと思い、サイン会に出かけているわけです。

・・・などと、ここまで話してきて思うのは、"絵"の内面的な話をするのはつくづく難しい、ということです。
どうしても抽象的な表現になってしまいますし・・・。
もっとわかり易く、楽しく、知識を深めて頂けるような、具体的な話が出来る「色彩」や「光と影」といった話題を、またの機会に取り上げてみたいと思っています。

笹倉鉄平

2006年09月01日

勝負は時の運?

日本中が熱くなったサッカー・ワールドカップ、ドイツ大会。
四年間待ちに待っていた日本代表の戦いは、決勝トーナメントに進めぬまま・・・応援していた私たちにとっては、ため息と共に肩を落とす結果で終わってしまいました。

ただ、苦しかった試合の直後でありながら、代表選手たちの多くが口にしていた「気持ちを切り替えて"次"に向かう」という言葉が、不思議とキーワードの様に心の中に色濃く残りました。
それは、サッカーの試合だけではなく、なにやら人生においても、学ぶべき精神を含んだ言葉として感じてしまったからなのかもしれません・・・少し大袈裟ですが(笑)。

"勝負は時の運"と言いますが、今回のサッカーで考えてみても、対戦の組合せくじ引きに始まり、選手のコンディション、天候、審判のジャッジ、果てはボールの転がる方向まで、無論それらが全てでは無いにしても、偶然性や運・不運というのは結果を大きく変える要素としては重大なものであることに間違いありません。
"運も実力のうち"と言われては、本も子もない話ですが・・・(笑)。

さて、社会生活にも似た様な側面がありますよね。
いかに頑張って努力をしようとも、その力を発揮させる機会にたまたま恵まれなかったり、誤解をされたり、それこそ時の運・不運に大きく左右されたり、誰しも多かれ少なかれあるものですし、多くの方が経験されていらっしゃることでしょう。(だからと言って、努力や頑張りすらせずあきらめていては、無論何事も始まりはしないのですが。)

しかし、結果が良くも悪くも、それに伴った厳しい状況や辛い経験を乗り越えれることで、必ずやその人の心のキャパシティは広く深くなり、次に苦しい状態に追い込まれた時でも、取り乱すことなく冷静に対処出来るようになることでしょう。
事に当たる際に、慌てたり理性を欠いていたりすると、悪い方向へ行きがちですから・・・そう考えると、"苦境というのも、自分を成長させてくれるチャンス"くらいの、大らかな気分での受け入れ方が理想的なのかもしれません。

それに、どうやら運・不運の周期や大小には、人それぞれ違いがあるようで、例えば私の場合、一昨年・昨年とイタリアで個展、この秋は中国で展覧会を開催という画家として幸運な機会に恵まれて、ありがたくも多くの方々から「おめでとう」というお声を頂戴しております。
では、全ての事柄が幸運に包まれて運んでいるかというと決してそんなことは無く、うまくいかない悪運めいた事だって、並行してちゃんと(?)起こっているわけです。
そんな、両面が混じり合った状況が、ある意味現実であり、当たり前のことなのかもしれません。
それでも、大きな流れで見れば、今は間違いなく幸せな時なのだと思います。

思い返せば、解らない事や迷える事柄ばかりで、私自身悩み多き青春時代でしたが、世の中が"解らない"からこそ恐れを知らずに、突き進んで楽しめていた事も多かったのだど思います。
社会へ出てからのデザイナー時代は、残業が月200時間以上、月の休日が1日、短い睡眠時間、等が当たり前のことで、よく体がもったものだと自分でも呆れる程に忙殺されていました。
そんな中でも時間を作っては絵の勉強を続け、画家へ転向することが出来たことは、運の巡りが良かったからなのでしょう。
しかしその後、絵の制作や活動に関しては大変に充実していまたが、逆に思いもしなかった良くない出来事も次々と起こっていた所を見ると、長い運の低迷期に入っていたのでしょうか?・・・現在は、その低迷にめげずにやって来た分、良い運が巡ってきたように感じますし、何より今の自分があるのは、そういった試練があってこそではないかとすら思えたりもします。

若い頃は、他人の幸せそうな姿を見ると、その人たちは皆100%の幸せの中にいるのだろう、などとと思いがちでしたが、今は、良いこと・悪いことはどんな人にもあって、そのバランスが上手くとれていれば概ね幸せなのではないかと思えます。
極端に見れば、その人にとって重要な部分で、努力して得た結果に満足や充実感を感じられれば・・・たとえそれが少ない割合だとしても、十分に幸福感を得られるのではないかと思うのです。
ラッキーなこともアンラッキーなことも何も無く、日々の平穏な生活と平和な気分だけありさえすれば・・・それもまたとても幸せなことなのだと感じます。
最近そういった価値観の方が楽しく、それこそ地に足の着いた確かな幸せなのだと思えてなりません。
(そんな「日々の暮らしの中に在る、平凡でありながら大きな幸福感」への思いを、絵にも描いています。)

さてさて、ワールドカップを見ていてつらつらと考えていたことに端を発して、なんだか大変取り留めの無い話になってきてしまいました。
このHPを見にいらして下さる皆さん――特に若い方々へ、へこまずに生きる(?)為のメッセージとして読んで頂ければいいなぁなどと、僭越ながら思いつくまま書いてしまったのですが・・・え?そんな風に聞こえない上に、第一分かりづらい???・・・ですよね?(笑)

どんな人にも"良い時"と"悪い時"はありますし、特に、悪い結果や状況を事実として受け入れることは、とても苦しいことです。
先日たまたま観ていた映画の中で、こんな主旨の台詞のやり取りがありました。
『なぜ自分はこんな辛い目に遭わなければならないのか?』と、思い悩む若者に対して、慈愛に満ちた笑顔の老人はこう諭します――『人は苦しい状況に追い込まれると、そういう風に考えがちだが、そんな時こそ、今自分が出来る事、なすべき事だけを考えて行動しなさい。』

不思議と胸に迫るものがあり、とても励まされた気がしました。
・・・あれ?この一言だけ書いておけば充分だったかもしれませんね(笑)。

笹倉 鉄平

2006年06月29日

北京から・・・

ご無沙汰しております(毎度ですね)。
先日の北京テレビの日本での取材収録の続きと、主には私自身の制作活動の為に、昨日迄北京に行っておりました。
このページの更新もそろそろ気になっていたのですが、昼間はほとんど絵の取材と番組収録の為に野外で過ごし、夜は展覧会開催の関係者の人たちと会って相談をしながらの会食となり、滞在中は文章を書くひますらままなりませんでした。
また、明日からは即制作に戻りますので、今回は取り急ぎ現地で撮りたてホヤホヤのお写真をご紹介することに致します。

①今回の展覧会のレセプション・パーティーと会食が開催される"人民大会堂"。
そのスケールの大きさたるや…この写真でお分かり頂けますでしょうか?
通常は入場が叶わない場所だけに、その時が楽しみです。

②市内の北海公園内にある、 往時の一流芸術家たちが集まって活動を行なっていたという特別な場所でのTV収録。
こちらも通常非公開とのことですので、もったいなくて(笑)ここで公開。

③北京から車で約一時間ほど行った、 万里の長城を臨む場所から、 友人の画家・劉さんと一緒にスケッチ。

④かの「西太后」のかつての夏の離宮、頤和園にて。
こちらでも中央電視台のドキュメンタリ番組の収録。ここも迫力のビックスケールです。

⑤頤和園や北海公園の広大な池では、こういった風流な中国風のデザインの舟が対岸へと人々を運んでいます。

⑥観光客向けではない、 現地のごく普通のいわゆる"喫茶店"。
北京では、ウーロン茶よりも緑茶の方がむしろ一般的なようです。

⑦独自の雰囲気を持ち歴史的な町並みを残す、 有名な胡同街にある"鼓廊"の大太鼓の前で。
鐘で時を知らせる"鐘楼"も近くにあるのですが、それに対してこちらは太鼓で時を告げます。

⑧街の中心部に位置する ショッピング・ストリート"王府井"は、 日本で例えるならば、歴史がある、という観点から銀座といったところでしょうか。

その"王府井"にも、故宮へも近いという歴史的なホテル"北京飯店"にて。
今回宿泊しましたのでロビーで記念撮影。(スタッフ注:北京ツアーの宿泊もこちらです)

⑩おまけショットです(笑)。
先夜、食べた海鮮料理。
日本ではあまり食べなられないタイプの料理も饗され、どれもとても美味しかったです。


笹倉鉄平

2006年05月15日

北京での展覧会

先日、ある朗報がオフィスの方へ届きました。
中国の首都・北京にある国立中国美術館から、展覧会開催の正式な使用許可がおりたのです。

それは、日中のより深い友好を目指して、友人の画家の劉(リュウ)さんと二人で展覧会(いわゆる"二人展")を出来ないものかと、1年以上前から美術館の方へ申請を出していた件への返事でした。
この中国美術館は、無論、国立なわけですから、展覧会を開きたいと思い立った後が、想像以上に難しいことでした。

申請と共に、数多くの絵や経歴の資料を作成して提出し、中国美術家協会の代表者10名に及ぶ方々の審査を全てパスして、やっと決まるのだということでした。
今までに、日本人としては、かの加山又造画伯ともう一名しか、ここでの展覧会は実現していないとのこと。
また、昨今の情勢もあって、かなり難しいのだろうと、期待も消えかけていたところでしたので、この幸運に素直に喜んでおります。
これも全て、劉さんご本人と、北京にいらっしゃる彼を通じて知り合った多くの方々の、ご協力と後押しがあっての賜物と感謝せずにはおれません。

展覧会場となる中国美術館

さて、今更になってしまいましたが、ここで友人である画家、劉長順(リュウ・チョウジュン)さんを簡単にご紹介させて頂きます。
彼は、1955年に中国の大連に生まれ、その後、北京の中央美術院(聞けば、入学倍率は100倍以上にも及ぶ、日本で言うならば"東京芸大"の様な存在)を卒業されました。
そして、北京中央電視台(国営テレビ局)でのご活躍を経て、日本へ留学をなさり、日本画を学ばれた後、日本へ帰化され、現在は日本画の技法で世界遺産などの美しい風景を描き出す画家としてご活躍されています。
以前、美術出版の関係の方からのご紹介で知り合い、その真面目そうな風貌や経歴からは想像出来ない朗らかなお人柄で、意気投合して今回の運びとなりました。

そんな劉さんと、2004年のサッカー・アジア杯が中国で開催されたていた頃、対日本戦での中国のサポーター達の加熱気味の反応を見て、中国と日本の間には、まだまだお互いに誤解している部分が多くあることを話しました。
またその後も、中国の一部の都市で一連の日本バッシング事件が起こった時、"ああした暴走気味の行為を起こす人は、ほんの僅かなパーセンテージの人であるにも関わらず、報道の映像だけ見ていると、とても多くの人がそうなのかと思ってしまうが、単純に日本の10倍以上の人口を有する中国では、ほんの一握りの人であっても、それが大勢(たいせい)だと思われてしまう・・・とても辛いことですね"というような話になったりもしました。

私たちは、ニュース報道からでしか知り得ない情報(特に海外でのニュースは、事件性を帯びているものが中心にならざるを得ないわけですから、ある意味極端な内容が多くなってしまうのは仕方がないのですが・・・)だけを過信して、その国の人々のイメージを作り上げてしまいがちです。
そして、逆に我々日本人にも、外国の人は、そういった特異な情報やひどい時には情報など入らず風説だけを頼りに、片寄ったイメージを持ってしまったりもするわけです。何だか、双方向にやりきれない感じがします。

最近、巷で「NO BORDER」という言葉をよく耳にします。
スポーツや音楽、芸術などの世界は、典型的な"境界の無い、境界を超えられる"フィールドであり、人間の本能的・感覚的な部分で、分かち合い、つながりあえるものを内包した世界だと思います。
つまり、正にアーティストが社会活動を行う為にうってつけの場所であると、私も、劉さんも、そう考えているのです。

中国を故郷に持ちながら日本画で活躍する劉さんと、日本人でありながら、洋画でヨーロッパや日本の風景画を描く自分と――そんな、ある意味ボーダーレス感覚の二人が、中国で展覧会が出来たら素晴らしいね、と話していた事が発端となり、「中国も日本もなく、ただの"人間"として手を取り合って事を成す」という思いで、二人が一緒に展覧会を開催することこそが、今回何よりも嬉しいことであり、意義あることなのではないかと思っています。

ですから、私の方は、今回お世話になる中国への感謝をこめて、北京の風景画を1点は必ず描こうと思っていますが、他の出展作は、ほとんどはこれまでに描いてきた、世界各国の人々の平和な日常を織り交ぜながら描いた情景と日本の情景といった、お馴染みの作品たちになる予定です。

劉さんと、万里の長城にて

中国人でも、日本人でも、世界中どこの人とでも、対個人としておつきあいをすれば、皆同じ人間なのですから、誤解無く素晴らしい関係を築くことが出来ると、私は信じています。

無意識のうちに、ついステレオタイプの色眼鏡で外国の人を見てしまうのは、本当によくないことだなぁと反省することも、ままあります。例えば・・・几帳面ではないおおらかなドイツ人もいますし、逆に繊細で緻密なブラジル人だっていることでしょう、リズムにいまひとつノレないアフリカ人だって、女性に声をかけられない内気なイタリア男性だっているはずです。
そんな具合に、"日本人"を簡単な一言のイメージで言い表すことが出来るでしょうか? 我々、日本人自身にはきっと出来ないでしょう・・・身近でよく知っているからこそ、殊更出来ないものなのです。

固定的な印象にあてはめることは、相手を知っていけば、知っていくほど、難しいことに気付きますし、そこに思い違いや誤解などが入り込む隙間は、どんどん少なくなってゆくのではないでしょうか。

良い面、悪い面も含めて、"互いを知る"ことこそが、友好や平和の第一歩であるならば、文化交流もひとつのきっかけになり得るかもしれません。
絵画という、理屈ではなく心で感じるものを通して、"世界のどこでも、人間の本来の姿は大きく違いはしないのだから、繋がりあえる"と、伝えることが出来ればいいなと思います。

それぞれの国の、我々普通の人ひとりひとりの和が少しづつでも広がってゆけば、きっと大きな力となり良い方向へと動き出すことも、いつか可能となるでしょう。
あまりにも微力だと自身でも解っていますが、そんなことを夢に据えた今回の"北京での二人展"を是非とも成功させたいと願って、この秋の本番まで頑張ってゆきたいです。

このページの2004.11.29.掲載「北京最新美術事情(?)」にも、関連した話が書いてあります。
ご興味のある方は、こちらも併せてご覧下さい。

笹倉 鉄平

2006年03月28日

"習作”とは・・・?

この冬は近年稀に見る厳冬となりましたが、ここへ来て梅の便りなども聞こえ出し、ようやく寒さの出口が見えてきたようで、少しほっとしている今日この頃です。
あまりの寒さに戸外でのスケッチも出来ず、すっかり引き篭もりがちな毎日でしたが、それは逆に、制作にドップリと浸れて集中力が高まる貴重な時間でもあります。
この調子とテンションは、この先も持続させてゆきたいと思っています。

さて、以前から「習作とはどういうものですか?」という質問をよく頂きますので、今回はそれについて(現在のオンライン・ギャラリーのテーマと、もうすぐ始まる大阪での個展の展示テーマにも繋がりますので)、私の思うところを取り急ぎお答えしておきます。

一般的な説明として、"習作"とは「絵画、音楽、文学などで練習の為に作られた作品」とのことです。
エチュードとも呼ばれ、皆さんもきっと聞き馴染みのある、音楽の世界で言う所のエチュード(=練習曲)と同義のようです。
また、少し定義の異なる、エスキース(=スケッチや下絵)というものもありますし、単色の線や筆致によって対象の形状・陰影を描くデッサン(素描)というものもあります。
ですから、狭義的には、仕上がった完成作品に対して存在するのが"習作"や"エスキース"なのでしょうが、本作品の下絵をとることを"デッサンする"と言ったりもしますので、その定義を明らかに線引して述べるのは難しいようです。
しかし、せめて私の中でそれらがどういったポジションをとっているのかを、ここでお話してみることにしましょう。

私の作品制作へのアプローチとその過程は、毎作それぞれに少しづつ違っていますので、ひとつの完成作品に対し、その習作が一点のみとは限りません。
何枚もある場合もあれば(特にその作品の、想像で描く部分の比率が高ければ高いほど、習作数は多くなります)、見たままの風景の印象を描く作品では、キャンバスにいきなり描くこともあり、習作は逆に一点も存在しません。

また、描く習作の意味や在り方にも様々あり、直接的に風景を現地でスケッチして、それを基に作品へと転化させたもの、先に完成品の方がアイデアとして浮かびそれに添った資料として描いてみたもの、たまたま気に入った景色をスケッチしていたものが後から描きたいイメージにはまって結果的に習作になってしまったもの、絵画中に登場させたい人物や動物などを検討する為に描くもの、はたまた、イメージの補足の為に描くもの・・・などなど、ひとつの絵を完成させる行程の中で、習作やエスキースは色々なパターンで登場し、制作に役立っているのです。
いうなれば、制作上での自分の頭の整理の手助けを担う、覚え書き?ネタ帳?的な存在である場合も多く、中には、完成品のキャンバスと同寸の用紙に描いた下絵に、部分的に色を載せて色彩の構成をしてみたり、様々なメモ的な描き込みをしたものもあり、完成に近づくほどに段々と汚れ、相当グチャグチャな状態になってしまう為、当然それらは、完成後に即破棄されてしまう運命にあります(笑)。

つまり、私の"習作"というものは、人様ににご覧頂く為に描いているのではなく、あくまで制作の為、作品の完成度を少しでも上げる役に立つように・・・と描いているわけで、制作時の頭の中を覗かれてしまう様な、本人としては少々気恥ずかしい面もあるのです。
それらを展示したり、ホームページで公開したりするのは何故かと申しますと・・・かなり以前から、多くの方々に制作過程や制作風景を見てみたいとのご要望をお寄せ頂いておりますが、現実問題、それはなかなかに難しいことだからです。
そこで、少しでもその過程を垣間見られる具体的な方策として、これは最適かなぁと考え、習作の中で、展示に堪えうると思われるものをいくつか選び出し、こうしてお見せしてみようと、自分を納得させた次第です。

特に展示をご覧になる機会を持てる方々には、完成作品と習作の間の"行間"というのでしょうか?そこに在る描き手の意思や想いを想像しながらご覧頂けると、それはそれでまたおもしろい観方が出来るのではないでしょうか。

また、デッサンについては、若い頃に親しんだものなので、本当にたまにではありますが、初心を思い出すように・・・といった気分から徒然に描いています。

こうして、習作やエスキースやデッサンなどを描きながら、作品を制作してゆく過程で、未だに新しい発見や勉強につながる事柄にいつも出会います。その自分自身の未熟な部分を知ることが大切で、それが次の目標や新しい試みへのモチベーションへとつながっているように思えます。

笹倉 鉄平

2006年02月21日