アトリエから 2003一覧

私の先生

前回の続きを早く書こう書こうと思いつつも、毎度のことですが、瞬く間に1カ月がたってしまいました。
このところ、調子が良いのか、絵の下描きを一気に3枚もしてしまい、大変なことになってしまっていたのです。
というのも、やはりイメージが熱いうちにある程度は薄描きでも、色を入れておかないとならないものですから・・・。
それを、やっと終えて落着いたところです。
では、続きに入りましょう。
前回あった「イタリアでの大切な用件云々」とは、来年のイタリアでの個展開催準備の件でした。
文化交流という目的の為、出来れば公共の施設が望ましいと思い、芸術に対する理解の深い市や街の方々に直接お目にかかってきたのです。

Cervara di Romeの町役場にて。右から、ビアンキ先生、そのご友人、町長、助役、笹倉

Recanati市庁舎、市長執務室にて。右から、協会の松浦さん、笹倉、市長、ビアンキ先生

一度きりの花火のような展覧会で終わらせるのではなく、地道に絵を通じての文化交流活動を続けてゆけることを望んでいます。そして、この個展を成功させて初めて次の道は拓けてゆくでしょうから、尚更気を引き締めて臨んでいます。
このイタリア個展の後(恐らく来秋頃?)には、日本でもその"再現展"なるものを開催出来るように考えています。
ビデオや写真等も使って、現地での雰囲気も同時に楽しんでもらえるような展覧会が出来れば最高なのですが・・・・・日本の皆さんは、こちらを待っていて下さいね。

さて、今回この個展実現の為に多大な協力をして下さっているのが、「イタリア.フィレンツェ.日本.文化経済交流協会」さんの方々と、イタリアの著名なアーティストである「ヴィンセント・ビアンキ先生」です。
ビアンキ先生は、その協会を通じて知り合って以来、深い見識に支えられた「アーティストのあり方」、「絵画芸術の精神」など、学ぶ事の多い話をお会いする度に伺い、とても勉強になっています。

簡単ですが、紹介させて下さい。
ビアンキ先生は若くして、イタリアの宗教画ビエンナーレ展で金賞と大賞を受賞され、彫刻をメインに絵画、版画、レーザーアート、詩作等、古典から現代アートまで幅広い活動をされながら、世界各地で個展を開催していらっしゃいます。
つい先頃まで、フィレンツェ・アカデミー美術学校の教授をなさりながら、世界遺産の街ウルビーノの美術学校の校長をも兼任され、更にローマ・アカデミー美術学校や、カナダのトロント大学等、6校の名誉教授でもあります。(実際お会いすると、そららの肩書きを感じさせないお人柄がまた、"ホンモノだなぁ…"と、かえって感慨深いのですが・・・)

日頃から大変お忙しい身にも関わらず、今回は丸々4日間も私の為に自ら愛車のハンドルを握り(やはりそこは流石にイタリア人。齢64歳とは思えぬ猛スピードで…)、ローマ近郊からアドリア海側まで、「見せたい"イタリアの魂"がたくさんあるんだ」とおっしゃりながら、あちらこちら精力的に案内して下さり、ずっと恐縮し通しでした。

全てにおいて前向きなそのパワーはどこから来ているのだろうと思い質問をしてみると、「どうして老けこむ必要があるんだい?
逆にわからない・・・」と返されたお言葉が、今回妙に新鮮に記憶に残りました。

聖ベネディクト派の聖地Monastero S.Scolastica 修道院、中庭にあるビアンキ先生の彫刻前で

ビアンキ先生がプロデュースされた芸術村 Cervara di Romeで(ビアンキ先生の作品と)

思えば、私が10代に美術の手ほどきを受けた恩師である先生も、また彫刻家でいらっしゃいます。
彫刻をするには、頭の中で立体的に対象を捕らえなければならないので、ある意味、平面である絵よりもデッサン力が必要なのです。そのせいか、常に「目に見えていない裏側も、意識してデッサンしないといけない」と教わってきました。厳しいトレーニングでしたが、その甲斐あって頭の中での想像を絵として表現する基礎が身に付き、今どれ程感謝をしていることか・・・。

これらのご恩に応えるには、この先もっと"良い絵"が描けるよう、私自身が成長してゆくことしかないように思うのです。

「先生方、本当にありがとう。」

笹倉 鉄平

2003年11月14日

秋のチューリッヒを訪ねて・・・

つい先日帰国しました。
早速、前回のつづきも兼ねて、その報告をすることに致しましょう。
大切な用件があり、イタリアへ行っていたのですが、この話は少し長くなりそうですので、次回にさせて下さい。
写真も載せたいですし、明日は名古屋の個展会場へも出かける予定で、少々バタバタしておりますので…。
(時差ボケを直すには丁度良い機会かもしれません。)

イタリアから直行の帰国便が満席でとれなかった為、少し遠回りをしてチューリッヒ(スイス)へ立寄って帰ることにしました。
チューリッヒの街はスイスとはいえ、ドイツ寄りに位置していますので、いわゆるスイス的な景色(「アルプスの少女ハイジ」的イメージ)の雰囲気は無く、"ドイツ的な"都会といったところでしょうか。
政治・文化や言語は、ずっと遅れて現在の国境というものによって仕切られただけですから、当然のことではありますが・・・。


さて、この写真は、チューリッヒ美術館前でのものです。
ここは、スイス出身のジャコメッティやホドラー等の展示はもとより、印象派の画家達の作品も含めて予想以上に充実していました。

印象派といえばパリの美術館が代表的ではありますが、遠くアメリカや日本へも渡っているくらいですから、当然周辺のヨーロッパ諸国にも随分多くの作品が在ります。
人気が高いゆえんなのでしょう。

ここでも、それまでオリジナルを観たいと思っていた作品に実際に出会えて嬉しくなりました。
中でも、今回最も印象に残ったのはジャコメッティの作品群(体全体が細く長くデコボコした感じの彫刻を、皆さんもきっと美術の教科書でご覧になっていると思いますが・・・)でした。
年代を追って多くの作品が展示されており、若い頃の油絵やスケッチ等に、
特に興味を引かれました。
そこからは長年の制作活動を経て、あのオリジナリティが作り上げられていった様子が垣間見られ、感慨深いものがありました。

ここを訪れることが出来たのも、元はと言えば飛行機の便が思うようにとれなかった為ですから、何かより得をした気分になりました。
思い通りに行かないのが世の常ですがこんな風に思いがけないプレゼントをもらえることもありますから、投げやりな気持にならずに頑張ってゆきましょう。
取り急ぎの帰国報告でした・・・続きは、また次回に。

笹倉 鉄平

P.S. このホームページが画面も大きくなってリニューアル・オープンし、また新鮮な気分です 。

2003年10月10日

こうして絵は出来てゆく・・・

前回のこのコーナーの日付を見て"エッ?5月9日!?"・・・もうそんなに経っていたのかと、驚いてしまいました。
この2ヶ月程は、久しぶりの札幌での展覧会へ出かけた以外、ほとんどアトリエにこもっていましたので、曜日感覚も全く無く、時間だけがこわい位早く過ぎていってしまった感じです。

特に終盤の仕上げの時期は、かなりの集中力が必要な為、目の前にある絵以外のことは全く何も考えられず、気持ちの方も高揚しっぱなしで、あまり休む気にすらならなかったりするのです。

制作に取り掛かる頃は、どのように絵を自分の世界として表現したらよいかと、知恵熱が出そうになる程、頭の中が疲れるのですが、おおよそそのイメージが固まって、中盤の制作過程に入ってくると今度は、何も考えずにどんどん描いて描いて・・・の作業の連続となり、むしろ体力勝負になってきます。
そして、"こんな感じ"というあやふやな感覚だけを頼りに何度も描き直してゆき・・・そんな中から"これだ!!"と思えるものが見つかり、前述の仕上げの段階へと入っていくわけです。

先日発表した「ラ・ランス」でもそうでしたが、最近は自分なりの点描で表現した作品を多く制作しています。
これは後期印象派の点描から受けた影響というよりも、点描というものが、ある種の「詩情」を画面上に醸し出せるのでは、と感じているからです。
さらに、絵の具は色を多く混ぜ合わせると、どうしても濁りが生じてしまいます。
ところが、複数のきれいな色を点描で交互に配置し少し離れたところから見ると、濁ることなく混色されたような効果が生まれるという理由もあるのです。
これは光を表現するのに最適な方法で、欲しいと思う色を2~3色に色分解して、いわば人の目によって混色してしまおうという画法です。
また、ひと口に点描と言っても、点の大きさや打ち方、色彩、そして隣り合う点と点の色調の差などで多種多様の表情が出ますので、それぞれの絵で出したいイメージに合わせて変えています。

この様にして、つい先日も絵が仕上がり、現在一息ついているところです。
・・・が、既に次はどんな絵を描こうかと思い始めている自分がここにいたりもするのですが・・・。
絵を描くことは、もはや仕事というよりも生活の中心になっていますので、自然とそうなってしまうのでしょうか。
興味を惹かれるもの・・・いわゆる趣味というものすら、絵を中心にして廻っているような気がしています。
その代表的なものが旅であったり、音楽でありったりして、描く上での必要なイマジネーションを与えられているように思います。
浅くてもよいから、広く多く様々な分野から・・・と思うのですが、わりと凝り性の為、一度"マイ・ブーム"になるとなかなか飽きることがなく、常に何本もの"ブーム"の線が重なってしまい、それらにかける時間をあまり持てないせいか、全てが中途半端になってしまっているようです。
それでも、自分の中の"点描の一つの点"位にはなっていると思いますので、それで良しとしていますが・・・。
それらの小さな"マイ・ブーム"の話も今後ここに機会があれば書いていきましょう。

※           ※           ※

CDジャケット・表面

CDジャケット・裏面

さて先日、「笹倉さんの絵がカバーになっているCDを発見しました・・・云々」というメールを戴きました。
ご紹介が遅くなってしまいましたが、これは、6/25にリリースされたボサノヴァ・アーチストの中村善郎氏のベスト・アルバムのことだと思われます。

5月頃、たまたまJ-WAVEというFM局のとある番組に中村善郎氏が出演されていて、ミニ・ライブ風に生ギター一本で歌われたのを偶然に聞いていました。
その時は、本場のサウダージな気分(?)を感じて、素直に"いいなぁ~"と印象に残りました。
すると驚いたことに、その何日か後に氏のレコード会社のご担当の方から私のオフィスに電話連絡があり、CDのカバーに絵を使用したいとの依頼があったというのですから、不思議なものです。

スタッフの話によると、そのご担当の方とデザイナーの方が事務所にいらして下さって、表側は「コリチェッラ-虹のたつ港」、裏側に「ヴィルフランシュ」を選んでゆかれたとのことでした。

完成した当のCDを聞かせて頂いて、とても納得しました。
「シネマ・イタリアーノ」というアルバムからの曲など(個人的には6曲目が特に)は、私の中で「コリチェッラ」のイメージととてもリンクしたのでした。
中村氏は、長くブラジルを放浪されておられる時にボサノヴァに出会い、演奏活動を開始されたそうで、ポルトガル語でも作詞をされ、勿論作曲・編曲なども手がけ、幅広く活躍されていらっしゃいます。
よろしかったら聞いてみて下さい。
・・・というわけで、お気に入りのボサノヴァのCDが出来て喜んでいます。

笹倉鉄平

2003年07月04日

青春の音楽・・・?

ゴールデンウィークは、皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか?
お仕事の方もそうではなかった方も、それぞれ様々に過ごされたことでしょう。
後半はお天気にも恵まれて、とても気持ちが良かったですね。

僕はといえば、ちょうど制作中の絵が最終段階に差し掛かっていた為、ほとんどアトリエにこもりきりでしたが、それでも、外から入ってくる5月の光や薫る風のおかげで爽やかな気分でした。
ようやくその作品が完成してこれを書けるようになったわけですが、スケッチするには最適の気候ですし、旅にでも出かけようかと思っているところです。

ここの所、耳に入ってくるニュースは気が重くなるようなものが多いように思いますので、せめてこのページは楽しい話題をすることにして・・・久しぶりに"音楽"のことでも書くとしましょうか。

そんな重い空気を吹き飛ばして元気にしてくれる音楽は、僕にとってはハードロックです(しかもヘヴィなものほど良い)。
いえいえ、勿論アトリエで制作中に聞いているのは以前にも書いたように、心が落ち着くクラッシックやボサノバ、スタンダードなどの静かな曲ばかりです・・・が、それ以外の気分転換が必要な時などに聞いているのです。

「人は20歳前後によく聞いていた音楽が一生つきあえる(愛聴できる?)音楽になる」という話を聞いたことがあります。
絵から受ける印象からは、意外だと思われるかもしれませんが、その話にあてはめてみても、僕にとってのその音楽は、ロック・ミュージックになるでしょう。

絵や音楽共に強く関心を持ち始めたのが、十代の後半頃でした。
毎日のように隣の兄の部屋から聞こえてくる洋楽――ストーンズ、キンクス、クリーム、L・ツェッペリンやD・パープル等々・・・の音楽に触発されて"ギターを弾けるようになりたい"と思ったのが最初でした。
しかし、家にはクラッシック・ギターしかなかったものですから、まずは基本から始めようと、当時の音楽雑誌「GUTS」に載っていたB.ディランやPPM等のフォークソングから練習を開始して、友人とバンドを組んだこともありました。

しかしその後、大きな衝撃を受けたのが、そのバンドの音響や録音を担当していた友人がレコードを持ってきて聞かせてくれたピンク・フロイドやイエスといったプログレッシブ・ロックでした。
(当時はまだデジタルではなくアナログの)シンセサイザーによる前衛的なロック音楽なのですが、その頃高校の音楽室にあったサラウンド・ステレオで、ロック組曲「Atom, Heart, Mother」をこっそり聞いた時の感動は今でも鮮明に覚えています。
また、デザイン集団"ヒプノシス"が手がけた、それらのレコード・ジャケットの斬新さにも魅了され、デザインを勉強したいと思うようになった一因にもなりました。

美大時代には、どっぷりとビートルズにはまり(リアルタイムではなかったのが残念でしたが・・・)、色々な面で影響を受け、その後も多くのロック・ファンと同じような"辺り"を通ってきたと思います。
今思えば、その頃はエポックな音楽が次から次へと生まれてきて、とても楽しい時代でした。
そして、僕の描く絵も、これらの音楽と同じように徐々に変化してゆきました。

聞く音楽の嗜好だけでなく、誰しも自分史の中に色々な時代をもっているものですが、それがどんなものであれ、そこには無駄な部分など決して無いのだと思います。
ふと"疲れたなぁ"と感じるような時には、皆さんも青春時代によく聞いた曲を大きな音で聴いてみてはいかがでしょうか?
きっと、未熟ながらも勢いのあったその頃の自分を思い出して、元気が出てくるかもしれません。
(今回は、お若い方々には部分的に少々"?"な内容だったかもしれませんね・・・)

笹倉鉄平

2003年05月09日

前回のつづきですが・・・

(前回のアトリエからのメッセージ<03/02/24>のつづきです)

ドイツ南部から、その後一路イタリアの地中海沿岸まで南下しました。
ドイツとイタリアの国境に横たわるアルプスの山脈地帯は、飛行機の上から実際に見下ろすと、地図で見るよりも高く険しく思え、見渡す限りの広大さにいつも驚いてしまいます。
気候が山脈をはさんで異なるのはもとより、文化、言語、風習などを隔てる大きな壁であることが実感できます。
少し前まで、真っ白な雪原や山々を見ていたのは幻だったのではと思えるほど、地中海沿岸では木々の葉はつややかな緑に輝き、ミモザの黄色い花々は満開、日差しは初夏を思わせるような色をもっていました。
その山脈越えで、いっきに3~4ヶ月があっという間に過ぎてしまったかのように感じ、"ついていけない…"と、体が訴えている気がするほどです。

イタリアへ来たのは、一昨年に訪れた街をもう一度違う季節に見てみたかったからです。
その時は、ずっと雨だったのですが、今回は気持ちの良い晴天が続いていたそうで、違う場所に来てしまったのではないかと思えるくらい、風景の印象も違っていました。
もう20日間ほどずっーと晴れていると、地元の人もにこやかに言っていました。

手袋をせずに活動できるのは、とてもありがたいことでしたが、夜が更けるまで長々と浜辺にいると、やはりそこはまだ3月…日が落ちるとぐんぐん気温が下がってしまいます。
あんなに寒かったドイツでは何でもなかったのに、気がゆるんでしまったのでしょう…少し鼻風邪をひいてしまいました。

その翌日のことでした。
浜辺の先端にある古い教会まで散歩をしていたら、砂浜の一角で、白い布に虹色の彩色を施している子供達に出会いました。
今日は日曜。教会でのミサが終わって、たくさんの人が小春日和の中思い思いの時間を過ごしている平和な景色です。
その傍らで、10人ほどの子供達がめいめいに楽しげに作業をしており、大人達は手を貸すこともなく、優しくにこやかにその様子を見守っていました。

中央にいた少女が持っていた虹色の旗には、白い文字で『PACE』と書かれています。
イタリア語で、"平和(PEACE)"のことです。
イタリアに入ってから、建物の多くの窓やバルコニーに吊るされた同じデザインの虹色の旗を本当にたくさん見かけました。
その意味するところは、ニュースなどを見ていてすぐに解りはしましたが、今は何も説明などいらないでしょう・・・。

小さなキャンバスに描いたスケッチ程度ではありますが、イタリアの小さな小さな街で、印象深かったこの光景をここに載せさせて頂きます。

笹倉鉄平

2003年03月18日

厳寒のドイツより

僕は今、ドイツに居ます。
こちらに来てしばらく経ったので慣れてはきましたが、とにかく毎日寒いです。
この国は国土のほとんどが内陸部のため暖流の影響を受けず、更に北に位置する英国や北欧諸国よりも気温が低いぐらいです。
チェコ寄りの東部から今は南部へと移動してきましたが、地形上南部の方がむしろ寒く、都市であるミュンヘン(ミュニック)でさえ昼間でも氷点下の日が多く、夜ともなればマイナス15度前後まで冷え込んでいます。
現在はアルプスに近い辺りにいるので、なおさらです。
積雪は氷のように固くなり、屋根からは1メートル位の氷柱(つらら)が何本も垂れ下がっています。
こちらへ来てから手袋をもう一つ買い、二重にはめているにもかかわらず、夜景を見るころには指先は凍え顔は痛く感じるほどです。
そんな具合ですから、普段のように野外でゆっくりスケッチをすることができず、絵の制作には困難な状況です。

……が、しかしです。
“この季節ならではの美しさ”に感動しています。
どんなに寒かろうが不便だろうが、この美しさにはかなわないと思えるのです。
(もちろん、他の季節にも同じようなことが云えるのですが……)
日々、この土地柄、この気候だからこその光景に出会うことができ、これをまた近いうちに絵で表現してお届けできたらと思います。

TVの天気予報を見ていますと、南から暖かい風が入ってきて明日からは少し楽になりそうです。
この後は更に南下を続けイタリアまで足をのばし、春を見つけようかなと思います。
とり急ぎ近況まで。

笹倉鉄平

2003年02月24日

大丸美術館個展へのご来場、ありがとうございました。

この冬はここ何年かに比べ随分寒い様ですが、皆さん風邪などひいてらっしゃいませんか?
僕は、"外出したら手洗い&うがい"作戦で、なんとか元気で一年で最も寒いこの時期を乗り切って行きたいと思っております。
さて、申し遅れてしまいましたが、東京大丸美術館での個展には多くの方々においで頂きまして、誠にありがとうございました。
年末年始の何かとお忙しい時期の御来場、遠方よりわざわざいらして下さった方々、何度もいらして下さった方・・・たくさんの方にご覧頂けて、本当にうれしく思っています。
また、感想メールなどもたくさんお寄せ頂き、ありがたく読ませて頂きました。
諸々大変ではありましたが、本当にやってよかったと、今思っているところです。

会期直前ギリギリまで作品制作をしておりましたので、サイン会の時には丁度、その疲れがどっと出てしまっている頃で、少々ツラそうな顔をしていたかもしれません(表情や言葉には、出さない様気をつけていたつもりなのですが…)。
その上、お待ち頂く長い列が予想以上で、急がなくては…と焦り気味になってしまい、実のところ精神的にも体力的にも結構限界に近いような状態だった様に思います。
つくづく自分は人前に出るのは向いていないなぁ…と改めて思いましたし、この部分は本業ではないので、"仕方がないな"とでも思って頂ければ幸いです。

それでも、時折「サイン会での印象が良かった云々…」といった過剰にお褒め頂いたメールやお手紙を頂戴することがあり、全く、心底恐縮してしまいます。
自分は決して、人格者でもスーパーマンでもありませんし、結構穴だらけで、弱い部分もたくさん持っている普通の人間ですから、悩んだり落ち込んだりしながら、好きな絵をなんとか描いている一画家に過ぎないのです。
いつも、体力的に辛い時や心の疲れがピークに達している時など皆さんからの応援のメールで、逆にどれほど勇気づけられ、励まされていることでしょう・・・。
(応援メール以外にも、絵についての質問や疑問など今後も是非お寄せ下さいね。このホームページ運営が、より有意義なものになってゆくのではと、思っておりますので。)

そこで、早速今年になってから頂戴していたご質問にお答えしましょう。
「今回の東京大丸の個展で、題名に『・・・のエスキース』というのがありましたが、意味を教えて下さい」とのことですが・・・

エスキース(=esquisse)というのは、一般的には作品の為のアイデア・スケッチや下絵のことなのですが、美術用語辞書によっては少々解釈が広く、画家が作品を仕上げる為に勉強がてら描いてみた絵――つまり習作という意味でも使われたりしているようです。

今回は、この広い解釈の方で題名に使っていました。
ですから、ある程度幅がある用語としてとらえて頂ける方が良いと思います。
(他にも、パステル技法について等もご質問を頂いてますが、これから少しづつお答えしてゆくつもりです。)

それから近況報告ですが、昨年パステル画を描きながら思いついたイメージがいくつかありましたので、それを油彩で表現することに取り組んでいるところです。
新年早々からとりかかったというのに、気が付けばもう1月も終わってしまいました。
この調子で今年もまた矢の様に過ぎていくのでしょうか・・・?

遅くなってしまいましたが、とり急ぎ御礼まで。

笹倉鉄平

2003年02月01日

あけまして、おめでとうございます(2003)


新年明けまして、おめでとうございます。

昨年末から開催されている展覧会が、年をまたいで続いており、お正月気分を満喫というわけにはいきませんが、 「一年の計は元旦にあり」ということで、書初めではないですが、 自分に言い聞かせる意味も込めまして、 今年の目標的なものを文頭に書いてみました。

最近「スロー・ライフ」という言葉をよく耳にするようになってきました。
思うに、"全てをゆっくりに"ということではなく、やるべき事はテキパキと機敏にこなし(絵の制作はそうはゆかないのですが…)、 休みの時は頭を空っぽにして、ゆっくりと時の流れや、 普段のんびりと楽しめないようなものを楽しむ・・・
そんなライフ・スタイルの事を言っているような気がします。

昨年中は、自らに鞭をいれて「馬」の如く走り続けた一年でした。
今年は「羊」の干支にあやかって、もう少し心に余裕をもってやってゆきたいと思っています。
何事もあせっていては良い結果に結びつきませんよね。

さて、新しい年・・・ゆっくりと一歩々々進んで参りましょうか。

本年が、皆さまにとりまして、良き一年でありますように!!

2003年 元旦

笹倉鉄平

2003年01月02日