アトリエから 2002一覧

少年時代

時が経つのは速いものですね。
特に2月というのは他の月と比べて、たった2、3日少ないというだけなのにとても短く感じます。(・・・と、毎年同じ事を思います。)
などと時節のご挨拶はさておきまして、もう3月。
冬場とは光の色や質がずいぶんと変わってきて、春本番ももうすぐと実感させられます。
過去のこのページを少し読み返してみましたら、このところ堅い話ばかりが続いてしまったようで、また自分の事も「僕」から「私」に変わっていたからか、余計にそんな印象を受けました。
普段から半々ぐらいに使っている言葉なので迷いますが「私」の方が丁寧な言い方ですのでこれはこれで良しとして・・・。

さて今回は皆さんからのリクエストの一つにお答えしようと思います。
絵を勉強されている方からが多いのですが、「絵の勉強を始められたきっかけは?」とか「壁に行き当たったことはありませんでしたか?」といったご質問を時折いただきますので、少年時代を思い出しながら書いてみることにします。

当時は、自分が画家になるのだという決意じみたものではなくて、ただ、絵かデザインに関係ある仕事に就きたいと願っていました。
幼い頃からとにかく絵を描くことが好きだったようで、物心ついた頃には既にボンヤリとそんなふうに思っていましたから、これといった「きっかけ」もありません。
うまく言えませんが「自然に」といった方がよいのかもしれません。

なかなか語るのは難しいので、恥ずかしながら当時の写真を載せることにします。

写真にとってもらう事に全く興味がなかったせいで、中学から美大までの10年間の写真が、合計で20枚程しか持っていないのですが、その中に1枚だけ油絵を描き始めた15歳の頃の写真があります。
これは、夏休みに日本海に面した漁村へ3日間程スケッチ旅行へ行った時のものです。
民宿に泊まって、漁船の間にイーゼルを立て、帽子をかぶり、パレットを持ち・・・。
30年以上の月日が流れましたが、あまりにも現在と同じようなことをしていて、見ていたら思わず涙顔と笑顔を足したような顔になってしまいました。

当時から海や水辺の景色が好きで、眺めているうちに自分の心が広くなって行くというか、開かれて行くというか・・・憧れもあって、夢中になって描いていた事を覚えています。

絵の勉強が進んで行くにつれ、(当然の事ですが)自分の思うように描けず、難しく考え込んでしまって、絵を描くこと自体、出来なくなってしまった事もあります。

何事でも自分の目標や楽しい方向へ進もうとすれば、必ず何度も壁に当たるようになっていますし、また逃げよう、避けようとしても同じ問題に出会うように世の中は出来ていると感じます。

そんな時、私なりにジタバタとした結果、「考えるよりもまず手を動かす事」が解決になりました。

基本のデッサンに戻ったり、疑問が生じるととにかく何枚でも描き出してみて、そうこうしているうちに何かをつかんだり、見えてくるようになって行きました。
何やら大変そうに聞こえるかもしれませんが、皆さんが普段お仕事でされている事と同じように思います。
やらなくてはならない仕事も一旦考え込んでしまうと辛くなるもので、とにかく手や足を動かさないと始まらないでしょう。
それを後回しにしてしまうと「・・・しなくては」のストレスが常につきまとい、徐々に大きくなって負担になってしまいます。
私の経験では直前の心の負担なんてこれに比べれば楽なもので、また、それはとりかかるのが早ければ早い程ストレスも少ないように思います。
そして逃げずに乗り越えた喜びは、自分の中の恐いものを少しずつ打ち消していってくれるものに違いありませんから(・・・なんて、エラそうな事を書いてしまって恐縮です。)

今回は懐かしさも手伝って長めの文章になりましたが、また皆さんからのご質問メールもお寄せ下さい。
少しづつでもお答えできればと思っています。

では、今日もこれから描きかけの絵に向かわねばなりませんので、また次回。

笹倉鉄平

2002年03月01日

画家にとっての「顔」

このページの最新版がまだ年賀のままで気になっていたのですが、年明け早々版画「幸せな公園」の最終仕上がり時期と、また別の工房で制作中の版画「ボン・ビアッジョ」の仕上がり時期がたまたま続き、そしてもちろん新しい絵も描き始めていた為、この文章を書く余裕が全くない年始めを過ごしてしまいました。
版画制作ではだんだん仕上がりに近づく程、版画工房とのやり取り(色のチェックや「版」を新たに作って色を加えてもらったり・・・)が増え、意外と時間がかかるものなのです。
また摺り上がった後には「検品」という作業があって、これもなかなか神経を使います。

シルクスクリーンという版画手法は一色摺っては乾燥させ、またその上に一色摺り重ねていくことを何度も何度も繰り返しますので(etcetera頁参照)、どんなに気を配っていても全部の枚数がパーフェクトに均一に摺りあがる事は、人の手作業が多ければ多いほど不可能に近くなるものなのです。
逆にいえばそれゆえ一枚一枚がほんの微妙に異なる人間らしい版画でもあるのですが、それでもある程度の基準を設けて、摺り上がった版画を一枚一枚細かくチェックして、不適当と判断したものをはじいていくのです。

その為に最初は、限定枚数よりも多めに摺り上げてありますが、このはじいたものは「信用」の為に必ず断裁処分をしています。
これらの検品作業が終了した一枚一枚にエディションナンバー(etcetera頁参照)とエンボスが入った後、最後に私自身がサインをして完成します。(通常、鉛筆でサインを入れるのは、炭素というものが最も長い年月に渡って変質せず残るものだからです。)
私の版画はこんな過程を経て皆さんの目の前に登場しているわけですが、「版画」そして「絵」というものが画家にとっての分身であり「顔」にあたるものですので、私自身が思い入れし、丁寧に扱って当然のことでもあります。

私にとって版画を制作するということは、できるだけ多くの人に作品を見てもらいたい(これは殆どの画家さんに共通する思いです。)、そして、より身近に楽しんでもらえれば・・・という気持ちからに他なりません。
また、作品の中に込めた気持ちが社会へ伝っていくことが、絵を通しての活動なのだと私は考えています。
できればそんな作品に全てを委ねて、私自身は表に出たくないところなのですが、応援して下さる方々に対して感謝の気持ちを直に伝えたいと思い、サイン会などにはできる限り顔を出しています。

しかし、私という「個人」が目立ってしまうことは嫌いなので、いつも印刷物などの顔写真はアップをひかえてもらい、できるだけ顔が小さく写っているものや、ピントがあまり合っていない写真をどうしても選んでしまうのでした。(笑)

笹倉鉄平

2002年01月31日

ブルターニュ(フランス)より

今、フランスの北西部「ブルターニュ地方」にいます。
日本はずいぶん暖かいそうですが、ここは年間の降雨日が約200日といわれる地域なだけにやはり雨が多く、また沿岸部は風も強いので肌寒く感じます。
少々オーバーかなと思うぐらいに防雨、防寒対策をしてきたので助かっています。

ブルターニュ(Bretagne)の語源はブリテン島(Britain)つまり英国に由来しています。
「フランスにあってフランスではない」といわれている地方で、ケルトの文化が強く一部ではゲール語も残っています。
妖精と共に生きたケルト人の文化は、最近の映画「ハリーポッター」や「ロード・オブ・ザ・リングス」のベースの中にもかい間見られ、興味深く思いますので帰国後にでも改めて書くとしましょう。

ところで今回の旅はいつもと違い、早々にイメージにピタッとくる光景に出会うことが出来て幸運でした。(たまたまとはいえ、こんな事はめったにありませんが・・・)
お陰で予定外の場所に足を伸ばす事も出来、幾つかの心に残るシーンにもめぐり会えて、よい成果を得られました。
また、心に余裕が出来たお蔭で久しぶりに友人(ロンドン在住)にも会うことが出来ました。
何枚か写真を撮ってくれていたので、今後、こちらのページなどでも掲載していこうと思います。
毎回、海外へ出かける度に、このように現地リポートをお送りできれば良いのですが、いっぱいいっぱいの事が多く、昨年のリポートは「シチリア島」の1回だけになってしまいました。

さて前回の続きですが、国内外を問わず私にとって「旅」とは絵の「勉強の場」なのです。
あくまで「仕事」でもありますので、皆さんの考える「旅」とは少し違っているかもしれません。
はじめて見た光景に感動した時は「それを絵としてどう表現すればよいのだろう」から始まりますが、それ以前にそんなシーンに巡り会えるかどうかも問題なので、出かける度に移動手段やアプローチ方法などを変えたりしています。
偶然にも心に響く景色を見つけると、近くにしばらく宿をとり、昼間、夕方、夜、そしてまた朝と、道を覚えてしまう程何度もその場所に通うのです。

写真のように正確に描くのでしたら、すぐにでも制作にかかれるのですが、私が目指しているのは自分自身の中をくぐって出て来た「自分の絵」なものですから、イメージがはっきりとした像を結んでくれるまで、その場でずっと眺めてはタメ息をつく繰り返しになってしまいます。
特に夜景が好きな為、ディナーの時間帯はもちろんその光景を見ている側にいて、とても大切な仕事の時間にあたりますが、お酒もほとんど飲めないので、別段うらやましくも感じません。
ただ、夏以外はやはり寒く手がかじかんでしまい、それが少しこたえます。

いわゆるショッピングもほとんどしないので、楽しみといえばカフェに入ることでしょうか。
一日に何度かは疲れた足を休める為に立ち寄りますが、国や場所柄でバライティに富んでいるので飽きることがありません。

また、知らなかった文化や人々の暮らし、そして生き方に触れることによって胸中に湧いてくるものが、絵の題材となることもありますので、交通の便の悪い田舎まで足を伸ばすことが多いのです。
今回も鉄道が走っていない地域へも出かけましたので少々疲れました。

今、帰り支度をはじめています。
珍しいほどの短い日程でしたが、早く帰って大きなキャンバスに向かいたくなってしまったものですから・・・。
このつづきはきっと次回に、では。

笹倉鉄平

2002年04月09日

そろそろ旅にでも・・・

2月からとりかかっていた油彩画もようやく完成し、また Los Angels の版画工房で制作中の作品「ロクブリュヌ」も最終チェックの段階に入り、気分的に一段落といった今日この頃です。
この「ロクブリュヌ」という作品ですが、絵の色調が印刷や写真では非常に表現しづらく、ホームページの画像やリーフレット等の印刷物と「実物」では随分印象が異なっていますので、ご了承下さい。
これで精一杯なのです。

印刷など網点を重ねて色を表現している方法では、基本的にオレンジ色やブルーグリーン系は殆ど出ないものなのです。
この絵はそれらの色を多用している作品なので、出来れば「版画」か「原画」で見てほしいと願っています。そうすればきっと、今書いている意味がおわかりになると思います。
版画のリリースは少し先ですが、ご覧になる機会がありましたら、その感想などを是非メールして下さいね。待っています。

さて、今、次に描こうとしている絵のイメージが既に(ぼんやりとですが)頭の中にあって、それを明確な形にしたいと思い、そろそろ旅にでも・・・と考えています。
この絵1枚のためだけのつもりなので、今回の旅は比較的短かい期間になると思いますが、時間的な余裕があれば、現地からリポートを送る事にしましょう。

よく、「今度はどこの国へ行くのですか?」と聞かれたりもするのですが、あまり前もって計画したりする方ではないので、お答え出来ない事がほとんどです。
「国」というよりも「地理的なもの」や「環境」などが優先していて、あくまで描きたいイメージに合う場所であり、その土地で浮かぶインスピレーションを求めているのです。
準備はそこそこにして、大体は現地に入ってから本屋などで詳細なガイドブックと地図を探して調べています。

時には具体的なイメージはなくて、頭が真っ白な状態で、心の求めるがままに行き先を決めたりすることもあります。
国内、海外を問わず、旅をしている期間もまちまちですし、数多く出かける年もあれば、少なめの年もあったりして、パターンは特にありません。
いわゆる「観光」の旅行とも随分異なりますし・・・・・
その辺りは次回にでも。

笹倉鉄平

2002年03月29日

もうしばらくお待ち下さい

無事帰国し、さっそく新しい作品にとりかかっています。

この作品は「ブルターニュ地方」ではなく、今回の旅の前半に訪れた、フランス北部「ノール地方」を題材にしたもので、おそらく秋頃にはお見せ出来るようになるでしょう。
今、ようやく全体のイメージを一応画面に置いてみた状態なのですが、まだまだ安心できるところまでは進んでおらず、この頁を書く時間がとれません。
「もうしばらく、お待ち下さい。。。」

世間ではゴールデンウイークですが、それとは全く関係なく過ごしています。
とりあえず、帰国報告でした。

笹倉鉄平

2002年05月01日

「ケルト」って何だろう

ふぅー、なかなか手ごわかった・・・。
何がって? 今、取り組んでいる絵のことです。
ようやく頭の中に漂っていたイメージを、大体キャンバスに定着させることができて、仕上がりがハッキリと見えてきました。
適切な表現ができませんが、今回の作品はかなり描き進めた段階に行き着くまで、何か胸騒ぎがおさまらない感じだったのです。
不安もあったので描き始めから随分ととばしていたのですが、そのお蔭で「のって」いけた気がします。
でもそのせいで、このページの更新も少し間があいてしまいましたが、あくまで本業は絵を描くことなのでお許し下さい。

では、すき間の時間を利用して前回の約束通り、途中だった「ケルト」について書くことにします。

今から約2500年ほど前、ヨーロッパ全域に広がっていたのがケルト人であり、彼らは文字を持たず、詩人の口伝えで自らの文化を後世に伝えていました。
死後は妖精たちと平和に暮らせることを信じていて、恐れることを知らぬ半神話的な人々でした。

民族の指導者はドルイド僧と呼ばれる僧侶たちで、教育者でもあり、また呪術や魔法を使って神々や妖精との間を取り持っていたとされています。
しかし政治的な社会構造には無関心だったために、他民族の侵略などにはもろく、強固な国家組織であるローマ帝国の侵入に対しては、どんどん北西へと追いやられて行きました。

この様子はカエサルの「ガリア戦記」に書かれていて、僕が昔これを読んだ時に「ケルト人は野蛮な民族」というイメージを持ってしまいました。

もちろんこれは(ケルト人の)敵側の記述なので、偏見に満ちていて当然なのですが・・・。
(当時はそんなこともわからなくて・・・。現代の社会でも似たようなことってありますよね。)
そして、その後もアングル人やサクソン人によってケルトの文化圏は隅っこへと追いやられ、現在では右図のように西端の一部だけとなったのです。
今回の旅で訪れたフランスの「ブルターニュ地方」は、一度英国側に逃れたケルト人たちが再びフランス側に戻ったとされていて、数年前に僕が訪れたイングランド西部の「コンウォール地方」と、国が異なるのに「そっくり」な印象を持ちました。
白壁にグレーのスレート葺きの民家が建ち並ぶ村で周りを見まわしながら、ふとコンウォールにいる様な気になり、仏語で書かれた看板を見て、やはりここはブルターニュ(フランス)なのだと思いかえしたりしたこともあります。

もちろん全く違うところも多くあったのですが、目が常にケルトの名残りばかりを探していたものですから・・・。

石で出来た顔や怪獣がこうして家の一部分にくっついて居たりして、
少しユーモラスで素朴な感じがします。(ヴァンヌにて)

 

妖精や魔法と共に生きた民族が実際にいたなんて、想像するだけでも楽しくワクワクしてきませんか?
遠い昔に読んで詳しくは覚えていないのですが、このコンウォール地方を主に舞台としたのが「アーサー王物語」で、聖盃を求めて円卓の十人の騎士や魔法使いマーリンが活躍する話し等々なのですが、そこに流れていた雰囲気が、映画「ロード・オブ・ザ・リング」と共通しているように感じました。
とにかく不思議なものが大好きなものですから「ケルト」には少しはまってしまいました。
それにU.S.A.では多くのアイルランド移民が文化を運んで、その影響は現在にも残っていますし。(そういえば「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラもルーツはアイルランド移民でしたね。)
今後機会があれば、本山であるアイルランドには行かねばと思っています。
でもまだまだ勉強不足で、ついこの間までギネスビールやウイスキーのふるさとだという事と、大好きなロックグループ「U2」ぐらいしか出てこない国でしたので・・・。
はまったおかげでヨーロッパの文化がもう一歩見え始めた気がします。

学生時代、勉学としての「歴史」はあまり好きではなかったのですが、大人になってからは「知る」ことがとても楽しく、それは脈々と現在へと繋がっているからだと思うのです。
東京を歩いていても、「江戸」という当時の美しき大都市の名残りを探してしまう今日このごろです。

今回はこれぐらいにして、さぁまた制作に戻ることにします。
完成までもう一息ですので・・・。

笹倉鉄平

2002年05月17日

ワールド・カップ

絵が完成し、ここまでごまかしていた疲れが今、ドッと出ているところです。
自分なりの予想よりも、かなり時間がかかりましたが、どうにか「描きたかったもの」を表現することが出来たように思います。
本日、アメリカの版画工房へ送り出しましたので、帰国(?)してくるのは早くても秋頃になると思いますが、必ず展示いたしますので、それまで待っていてくださいね。
ところで、いよいよワールド・カップですね。
不安ながらもワクワクしています。
地元開催のおかげでTVでも詳しく観れるのが何よりうれしい。
(でも、ゆっくり観る時間は果たしてあるのだろうか・・・・・)

7回前の1974年、ドイツ大会から見始めたのですが、当時は週1回の「三菱 ダイヤモンド サッカー」という深夜番組ぐらいでしか観ることができなかったことを思うと、今はニュースででも毎日のように何度も情報を得られるわけですから、球場へ行けなくとも、それなりに楽しめるのではと期待しています。

ワールド・カップで忘れられない思い出は、前々回のアメリカ大会の時、ちょうどそのころ南イタリアにいたのですが、サッカー好きのお国柄、街中のカフェの真中にTVが置かれていて、地元の人たちが大勢で取り囲んで、あーでもない、こーでもないと賑やかこの上ない状態でした。

そんな中、ある日、アマルフィという街で、港のはずれから夜景を眺めていた時でした。
これまでに聞いた事のない種類の大きな音で「ヴぬォぐわォーんん!」と街全体が地鳴りするように響いたのです。
何が起きたのかと驚き街中に戻るとお祭り騒ぎになっていて、聞けば「イタリアvsスペイン戦」で逆転ゴールが入ったとのことでした。
人の歓声も街のあちらこちらから同じ瞬間にあがると、こんなふうに聞こえるものなのかと妙に感心してしまいました。
その後、ホテルの部屋まで聞こえていた車やバイクのクラクションは夜遅くまで止まず、大騒ぎが延々と続いたのは言うまでもありません。

ともかく、この大会が日本に明るい活力を運んでくれて、また、世界が日本により一層の理解を深めてもらえる機会となってくれることを願いつつ、楽しみたいと思います。

日本代表、頑張れ!!

笹倉鉄平

2002年05月30日

ワールド・カップ記念(?)リニューアル・・・

HPのデザインが変わっていて、"お?!"と思われた方も多かったのではないでしょうか?

主旨やコンテンツはほとんど変わっていませんが、色々な発信物とのデザイン・イメージの統一を図りたいと考え、私のオフィスの方のHPも含め、スタッフと一緒にリニューアル作業を先月来ずっと進めてきました。
まだ完全ではないのですが、とにかくやっと更新しました。
もちろん、今後も内容や時代にあわせてデザインも変わっていくと思いますので、"変化しながら進化していく゛当Teppei.Net.をどうぞ、楽しみに見守って下さいね。
さて、アジアで初めてのサッカー、ワールド・カップもブラジルの優勝で幕を閉じました。
一ヶ月の祭典の後で、気が抜けたようになってらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、4年後の大会へ向けてのスタートでもあるわけですから、さみしく思わないようにしましょう。
そして今回、歴史的な活躍で夢を見せてくれた日本代表チームには、素直に「ありがとう」の気持ちを送りたいです。

結局、絵を描く合間にテレビ観戦でいくつかの試合を見たり、W杯の情報番組をたまに見るにとどまりましたが、今大会に思うことは、日本・韓国いずれかの開催ではなく、共催で行ったという点が、結果、両国にとても良い影響を残したのではないでしょうか。

今まで、一番近い国でありながら交流があまり無かったのが、こういったきっかけで市民レベルでお互いを知り、身近に感じることが出来たということは(まだまだこれからという部分を残しつつも)、とても良い機会を与えられたんだと喜んでいいのではないかと思います。

やはり、それぞれの内情や人々の生活などの知識を多く持っている国(=良く知っている国)に対してほど、人はより厚い応援を送りたくなるものです。
そう思い当たると、"試合の為に来たたくさんの国々のことも、テレビなど報道機関でもっと多く取り上げて欲しかった"と考えてしまいます。
より多くの人があまり馴染みの無い国の個性に触れることが出来る、非常に良いチャンスだったように、個人的には思ったのですが…。

話は少し変わりますが、海外へ行く度ごとに、また、訪れた国を知れば知る程、自分の母国である日本の長所や短所(=オリジナリティ)が、少しづつ見え始めたように感じています。
その様な経験を生かしつつ、自分が心地よく感じる日本の魅力を絵にしていきたいと、現在も試みている最中です。

国が違えば、表現されるものの形は変わってきますが、根底にある「人の心」は、どこの国もそんなに変わらないし、変わるはずがないと信じています。
今回、サッカーという球技を通じて感じたことと似た感覚を、アーティストとしてどの様に表現していくか…まだまだ、伝えたいこと、絵筆に込めたいことことはたくさんあります。
「チャレンジするって、やっぱりイイなぁ」と思わせてくれた今回のワールド・カップでした。

笹倉鉄平

2002年07月01日

残暑お見舞い申し上げます

 

残暑お見舞い申し上げます。


酷暑と呼ばれるような毎日で少々夏バテ気味ではありますが、
いつもの様に制作にいそしんでおります。
新たな試みにも着手しているのですが、気力に体力が追いつかない感じです・・・。

上の写真は、少し前に渓流や小さな滝をスケッチしたいと思いたち、
標高1000M位まで登山をした時に見つけた「山あじさい」の花です。
少しでも“爽やか”な気分を味わっていただこうと、このページ用に撮ってきました。
なかなか涼しげなイメージの花だと思われませんか?

精神力というものは、体力の上に乗かっているものだと思います。
“気分”は勿論ですが、自身の体調にも充分お気遣い頂きつつ、
残りの夏を乗り切って下さいね!!

取り急ぎ、残暑のお見舞いまで・・・

笹倉鉄平

P.S. 皆様から暑中見舞いメールなども多数頂戴しており、
この場を借りて御礼申します。

2002年08月14日

この夏の思い出

ようやく涼しい風が吹くようになり、夏休みムードの名残りも一気に吹き飛ばされた感じの今日この頃です。
この“アトリエから”のページもしばらく夏休み(?)状態でしたが、皆さんからは、たくさんのメールを頂戴していて、ただただ感謝するばかりです。
いつも「元気」を下さってありがとうございます。
僕は、この夏も新しい作品制作にとりかかり、また他にも絵にまつわるあれこれでバタバタとして、印象としてはとても忙しい夏でした。
しかし、"やってみよう"という自らの気持ちからの事ばかりだったので、心地よい疲れはあるものの、元気なハートを維持しながら頑張ることが出来ました。

この夏は、短いながらも時間を作って何度かスケッチの旅に出かけました。
7月は信州の山中へ出向き、8月には鹿児島へ個展の為に出かけました。
初めて、僕の絵を見たという方もおいでになり喜んで頂けたようですし、近県からも多くの方々にわざわざお越し頂いて感激しました。
サイン会の後、海面から堂々とそびえ立つ桜島の雄姿を楽しみながら、「活火山にこれほど近い都市というのは世界的にも珍しいな・・・」などと思いつつ温泉につかり、良い思い出となりました。

その後はさらに南へ・・・日本のほぼ最南端とも言える島々までスケッチに行きました。
いささか短絡的ではありますが、夏だから"夏らしい"開放的な景色やその暮らしぶりを見てみたいと思ったからです。
ここでは、東南アジア的な南方からの文化の流れを、家々の造りや造形物、音楽などに感じることが出来ましたし、エメラルド色の海や豊かな木々に囲まれて自然の素晴らしさを再認識出来ました。
帰り際、夏の思い出として小型の三線(サンシン:沖縄の伝統楽器、蛇皮線とも)を買って帰りました。
母に三味線の手ほどきを受けたことがあったので、とても親しみを感じましたし、実際弾いてみるとその素朴な音色に気がゆるむような、なんともいえない開放感があったものですから・・・。
今、制作の休憩時間などに、なんとなく我流島唄を弾いてリラックスしてくると、その折の光景が目に浮かんできます。

さて、こらから大好きな季節の秋がやって来ます。
そして、ふと気がついて数えてみれば、今年もあと3ヶ月半ほど?!(ウッ・・・もう、たったそれだけ?)
季節の変わり目は、いつも実現可能な小さな目標をたてています。
新しい事を始めたり、チャレンジしたりするのに、絶好のチャンスなのです。
それは気候が変わるため、人々の服装や外の景色の表情が変わっていって、周囲の雰囲気が変化し(プチ引越し状態???)、自分の気分をそちらへ持っていきやすく出来るからです。目標達成のご褒美を用意しておくとよりやりやすいかもしれません。
そんな風にして、小さな一歩々々を重ねると少しづつでも前へ進んでいけるのではないでしょうか?

・・・などと自分に言い聞かせながら、僕も年内の目標に向け頑張ることにしましょう。
では、今回はこの辺で。

笹倉鉄平

2002年09月18日

大宰府の粋なカフェ

今、福岡からの帰りの機内でこの文章を書いています。
移動中の新幹線や飛行機では、到着までの時間を大概持て余してしまいますし、周囲に人がいる方が、気恥ずかしい内容にならずに書けます。
こうして、文章のほとんどは移動中に書く習慣がついてしまいました。

普段はどうしても絵のことで精一杯ですので、このページの更新もこの位のペースになってしまうのですが、無理をしてしまっては何事であれ長続きはしないものですから…。
ところで、昨日(10月12日)は福岡市街に程近い温泉に宿泊して、疲れをほどかせて頂きました。
僕は大の温泉ファンで、訪れる度に「日本人でよかった…」と実感します。

仕事がら肩こりがひどく、温泉につかることだけでも有り難いのですが、それだけに止まらず、温泉宿の持つ雰囲気やたたずまい、窓からの自然の景色、部屋でとる食事の楽しみ、どれを取っても大好きですし、またその行き帰りの行程も含めて“温泉の効能”となるのでしょうね。
一種独特の別世界感がアジアン・リゾート等にも通じるところがありますし、たった1日だけでも旅気分を味わえますので、仕事を終えた後の“自分へのご褒美”としていることもしばしばです。
根っからの“旅好き”なんでしょうね。

さて、今日はサイン会が午後からだった為、午前中に大宰府天満宮へ行ってまいりました。
今年は「一千百年大祭」の年にあたるそうで、古式ゆかしい音楽が流れる中、境内はとても賑わっていました。
ちょうど横手の方にある梅林のそばで、お茶と名物の「梅が枝餅」で一服させて頂きました。
僕は、ほとんどお酒がダメですので、お茶やコーヒーが、いわゆる“お楽しみ”なのです。

入り口のそばには、さりげなくススキや野菊が生けられ、まさに五感で幸福な初秋のひと時を楽しみました。
その店内には土間が残されていたりと・・・日本でこういった古き良き茶店に出会う度に、ヨーロッパの伝統的なカフェに、多くの点でとても近いものを感じてしまうのです・・・。

さあ、そろそろ飛行機がランディングの体勢に入っていくようですので、今回はこのあたりで失礼致します。

笹倉鉄平

2002年10月17日

私の記念すべきDVD

「DVDビデオ笹倉鉄平の絵画世界」をご覧頂いた方、いかがでしたでしょうか?
実は私自身、ずっと完成を楽しみに待っていたのです。

制作企画の話自体は今年の春頃に頂戴しました。
ちょうど同時期で制作が進んでいた「全版画集」には出版時までの全ての"版画"作品が掲載されることになっていた為、DVDの方には"原画"を出来るだけ多く入れて、家庭のテレビでも気軽に楽しめる美術館のような切り口で制作してみよう、というコンセプトでスタートしました。

私も前からDVDで映画などを観始め、その映像や音の良さに感心していましたので、その良さを活かせる内容にしたいなぁ・・・と思っていました。
すると、制作会社である㈱シンフォレストのプロデューサー工藤さんや、ディレクターの沼田さんからも色々なアイデアが出て、話が盛り上がってゆき、当初1枚ものとして考えていたものが、2枚分の内容にまで膨らんでいったのでした。

しかし、"言うは易く・・・"といいますが、実際の制作現場は間違いなく大変な作業をこなして下さったのだろうと、仕上がったDVDから観て取れました。

映像・画質・音楽・音源・・・などなど多岐に渡る分野のプロの方々のお陰で、厳しいスケジュールの中、素晴らしい形でようやく現実のものとなりました。
この場を借りて、感謝と御礼を伝えさせて頂きます。

さて、内容について少々触れさせて頂きますと・・・

まず「ミュージアム・ディスク」では、展覧会や美術館での人の視点というものに注目しました。
それぞれ絵によって視点も異なってきますので、前述の沼田さんによって書き込まれた、一枚の絵毎の視点の動きの膨大な資料を基にして、動くスピードを調整しながら動画化されてゆきました。
そして、DVDの持ち味である音質の良さも味わって頂けるように、心地よい音楽もたくさん入れて下さってますので、よりリラックスした気分で絵を楽しんで頂けることと思っています。

一方、「アミューズメント・ディスク」の方では、様々な試みをすることとなりました。
イラストレーター時代に仕事の合間をぬって、自分で絵の勉強を続けていた頃の作品も一部公開しました。
5.1チャンネルのサラウンド音響を付けたコーナーでは、立体的な音場を作って絵の世界の中に観ている人が入り込んで行けるかの様な効果も生んでいます。

(※ちなみに、5.1chというのは簡単に言いますと、前面の左右・中央のスピーカーと背面の左右、合わせて5つの音源と、音の方向性を持たない重低音音源のことを表しています。)

また、「インタビュー」も是非とのご要望を頂き、ご存知の通り、そういったものが苦手な私は「それは止めましょう」と逃げ腰でした。
しかし、皆さんから「実際の制作風景を見たい」といったリクエストも日頃から多い様でしたので、少しでもその雰囲気が伝われば・・・となんとかやってみることにしました。
質問内容は、ここのHPの管理人に、これまでに目立って多かった質問をまとめてもらい、スタジオで実際に質問してもらいました。

それらのコンテンツの中でも、私が一番乗り気だったのは、「音楽とのコラボレーション」のコーナーでした。
いわゆる絵のBGMではなくて、逆に音楽を聞いて私自身が頭に浮かんでくる絵を見せてゆく、という試みです。
制作中によく聞いている音楽が一番よいと思い、大好きなギター・デュオ「ゴンチチ」さんの曲でと、お願いしたのです。

ゴンチチさん達の音楽を初めて知ったのは、10年程前、テレビのCMから流れていた曲がとても気に入って、即探してCDを買いました。
その曲は、フランスの女性歌手クレモンティーヌに提供された「レ・テ(仏語で"夏")」というもので、作曲とギター演奏がゴンチチさんだったのです。
それ以来、他のアルバムも聞いて、その穏やかで楽しい音楽はお気に入りとなりました。

今回、この旨を事務所である㈱ヒップランドミュージックコーポレーションさんを通してお願いした所、快くご了解頂きました。
こちらで使用したい曲の候補を出して、"絵にあう曲を選んで下さい"とお願いすると、"どれもよくあっていますので、正直迷っています"とのお返事でしたので、私自身も迷った挙句、最終的にタイトルがとても気に入っていた「休暇届」という曲に決めました。
そして、私の初めての映像作品がここに完成致しました(大袈裟?)。

こうして実に多くの方々にご尽力頂いて、私の記念すべきDVDが完成しました。
今、我ながらとても喜んでいます。
ご覧頂いた感想など、今後の参考の為にも是非お寄せ下さい。
(既に頂戴している方、どうもありがとうございます。)

次回は、現在取り組んでおります、年越しの美術館個展について書くことにしましょう。

笹倉鉄平

2002年12月03日

本日より、東京大丸の美術館での個展がいよいよ始まりました。

本日より、東京大丸の美術館での個展がいよいよ始まりました。
多くの方々にお越し頂ければうれしいけれど…どうだろう、どうだろう?と、期待と不安の入り混じる、とても複雑な気分でおります。
自分の中では、今回予定していた全ての新作の絵を一週間ほど前には仕上げているつもりでした。
しかし、結局ぎりぎりの時間まで制作をしており、前もって用意していた額に慌ててセットし、なんとか昨日無事に展示の作業を行うことが出来、ほっとしております。


(下の写真は、昨日25日に会場にて作品の配列や位置を検討している様子です。)

 

……と、いうわけでしたので当然クリスマスも全く関係なく過ぎてゆきましたが、何とか納得のいく展示が出来ましたので、体も頭もオーバーヒート寸前ですが、とても充実した心持でおります。

作品についてのお話などなどは、会期が終わった後、ゆっくりとしてゆこうと思います。
皆さんがご覧になった率直な感想や、質問などこちらにメールで是非お寄せ下さい。
ここのページの中で、今後出来るだけお答えしていこうと思います。

それでは、皆さん良いお年をお迎え下さい。

笹倉鉄平

2002年12月26日