アトリエや旅先から届いた、笹倉鉄平のメッセージを掲載しています。

アトリエから

2014年6月4日/質問にお答えします Part.6

過日の米子での展覧会・サイン会へ足を運んで下さった皆様、どうもありがとうございました。
米子を訪ねるのは初めてのことでしたが、道中に念願の「足立美術館」へも立ち寄れましたし、短い時間ながら充実した時間を過ごすことが出来ました。

ただ、先だっての旅の疲れがその頃にちょうど出ていたのか、少々体調が万全ではなかった為…もしかしたら、サイン会の時には元気が"いまひとつ"な印象だったかもしれません。
さて、今はスッキリと体調も戻り、絵の制作に没頭しております。
そんな中、少し溜めてしまい気になっておりました皆さまからのご質問にもお答えして、更にスッキリしてみようかと…(笑)。

今回は、全て「ちいさな絵画館」アンケートにてお寄せ頂きましたものですが…
まずは小学生の女の子からの質問です。

Q.私は絵の勉強をしていて、人物が苦手なのですが…(笹倉さんにとって)描きにくいものは何ですか?

A.そうなのです。人物を描くというのは、本当に難しいものです。私にとっても、正直"描きにくい"対象の一つです。
"人間"を描く時は、ほんのちょっとした失敗(小さなデッサンの狂い)も変に目立ってしまうものですし、顔の表情などわずかな狂いでも違和感を感じてしまいます。
それは、顔や体の動き・ポーズというのは、常日頃からあまりにも身近に見慣れ過ぎているせいで、ほんの少しでも変な所があると、観る側には"何か違う"と感じ取れてしまうからなのです。
人間同士というのは、小さな違いや小さな動きの癖などなどのわずかな差で人を見分けているわけですから、"絵に描かれた人物"も、自然と厳しめの感覚で見られてしまうわけです。
逆に…例えば、風景で「山」を描いた時、少々実際と違っていたとしても、恐らく何ら気にならないでしょう。
一般的に"風景よりも人物が苦手"という人が多いのは、そんな理由もあるのではないでしょうか。
(…小学生にも解りやすいような文章で書けなくて、ごめんなさい)


Q.アジア(中国・タイ・モンゴルなど)へ行かれて、制作をされることはないのですか?

A.こういった質問は、場所はアジアに限らず、時折頂きます。
アジアが題材の絵も、数は少ないですが描いています。
例えば、今ちょうど「ちいさな絵画館」で展示中の「北京雨情」という作品は、北京郊外の湖畔での情景ですし、カンボジアでは石仏を描いたこともあります。

140604buddha_of_bayon.jpg

「バイヨンの石仏」 コンテ 55.0×83.0cm 2008年制作

カンボジアのバイヨン遺跡で出会ったほぼ等身大の石仏。
気持ちが浄化されるような美しさを感じて描きました。

ただ、若い頃から描き始めたヨーロッパの風景や近年の日本の風景も描くことで、今現在は精一杯のため、他の地域までは追いつかない状況なのです。
しかし、"どうしても絵に描きたい"と心動かされる光景に出会ったら、国や場所が何処ということは関係なく描くと思います。


Q.「エデルシュタイン村へ」の風景は、早朝の設定でしょうか?あるいは、夕方の設定でしょうか?山の頂から射す陽の光が早朝を表しているように見えたのですが、民家の煙突からの煙が夕食の準備をしているようにも取れる為、どちらかな?…と。

140604twinkling_like_diamon.jpg

「エデルシュタイン村へ」 油彩 80.5×130.5cm 2010年制作


A.じっくりと絵を観て頂いて、とても嬉しいです。
おっしゃる通り、民家の煙突からのぼる煙は夕餉のしたく辺りの時間帯を想定して描きました。冬の寒さ厳しい環境と相対するような、温かな家庭のぬくもりのようなものを添えたかったのです。
ただ、たとえそれが朝食のしたくの煙であっても良いと思います。朝日輝くピリリと引き締まった空気の中にいる人や馬の雪景色というのも、また違う感覚で別の想像もできるでしょうし…観て頂く方の自由な想像にまかせて、想い々々にお楽しみ頂くのも良いのでは…、というのが私の正直な気持ちです。


Q.作品の中に、(画家)ご本人が登場していることはありますか?

A.確かに、自分らしき人物を画面に描いてしまうことはたまにあります。時々"コレそうですよね?"とご指摘も受けますし(笑)。
それは、絵を描いている画家の姿であったり、スケッチブックを抱えて歩いていたり、カフェの片隅に座っていたり、また時には、自分の気持ちを語る分身の姿として登場していたり…"必ずこう"といったパターンはないのですが。
現実に作品の中のその場所で絵を描いたからというリアルな理由であったり、そこの場所に"自分も居たい"という願望からつい描いてしまったということもあります。
もっと言うならば(極論になってしまいますが)…描いた情景そのものが自分の想う理想の世界ですので、ある意味画家本人の姿が画面上に無くても、その存在は常に作品と一緒に在るものなのかもしれません。

今回は以上となります。
今後も、絵をご覧頂き疑問に感じたことを、メールでもお気軽にお寄せ下さいませ。

笹倉鉄平

(※スタッフ注:文字数等の都合により、Q.の部分は問い合わせ内容の主旨のみ抜粋させて頂いております)

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