アトリエや旅先から届いた、笹倉鉄平のメッセージを掲載しています。

アトリエから

2007年06月15日/「オストゥーニ」への感想メールありがとうございます

暑すぎず、涼しすぎることもなく・・・また、薄着でも心地よく過ごせ、比較的肩もこらないせいか、制作に集中していても身体が軽く感じられる今日この頃です。
屋外でスケッチをするのも楽な季節ですので、一段落しましたら、そろそろ遠出をしようかなぁなどと思っています。

ところで、新作版画の頁で先日公開された「オストゥーニ」に関するメールを、ここのところ随分多く頂戴しており、驚くと共に嬉しい限りです。
特に、朝の光と夕暮れの光を同時に一枚の絵に表現しようとした自分なりのチャレンジに対し、関心・興味を持って頂けたことを肌で感じ、"描いてみてよかった"と素直に思えますし、そういった皆様のメールから新たな元気を頂戴し、感謝致しております。
わざわざメールやお便りを下さった皆さん、ありがとうござました。
「オストゥーニ」は、朝と夕暮れの両方の時間を一緒に描くという、写真のリアリズムとは異なる方向へ向かった作品でした。

写真というものは、どんなに写し撮る対象が現実離れしていようと、"現実に存在しているもの"として見る側は認知をしますが、絵は、全く同じ対象がそこに描かれていたとしても、"果たしてこれは現実なのか?作家の想像なのか?"という見方を、まずはされるのではないでしょうか。
つまり、真実を正確に伝える力において、絵は写真にはとうてい敵わず、その"あり方"は決定的に異なるものです。

絵というのは、画家の主観が反映された、"理想"を描くもの、とよくモノの本にはありますが、正にそうなのかもしれません。
どんなにリアルに対象を描き出そうとしても、どこかに描き手の主観や思いや願望の様なものが、スルリと滑り込んでしまうからなのではないでしょうか。

私の場合、写実的な描き方をしているせいか、風景を写真の様にそのまま描いているのでは?と、たまに誤解をされてしまうことがあります。
しかし、現実に存在しない街や通り、はたまたあり得ない角度からの風景を多く描いてきましたし、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、比較的見たままを描いたような絵でさえも、細部をアチコチ変えていたり、人物は(犬や猫も)ほとんど想像だったり、全体の位置関係をずらしていたり、色調を現実とは全く変えてしまったり等々、多々しており・・・当たり前ですが、対象を"正確に描きたい"と、思って描いているわけではないのです。

そういった諸々のアイデアは、現地でスケッチをしながら受ける印象から思い浮かんでくることがほとんどで、それらの覚え描きの様なものが、習作と呼ばれる"絵の素"になったりするのです。

しかし、限られた環境の中で、制作に必要なとても細かい部分までを、全て描き写して記憶してくるのは不可能に近いわけですし、そんな時はカメラのお世話になって、あちらこちらのアップをメモ撮りしています。
それらは、自分の絵を描く為の資料としては必要なものですが、カメラマンや趣味で写真を撮る方々には笑われてしまいそうな、意味不明でお粗末なものばかりです(笑)。

美しい"一枚の絵そのもの"といった写真ならば、写真作品として既に世の中に生み出され、多くの人に愛でられているのですから・・・。
だからこそ、いつもお話する様に、心に響く実際の風景を前に、「何」を「どう」描くかが、スケッチしている時の自分にとっては一大事なのです。

さて、そんな"スケッチの話"は、実際の現場でのレポートも含めて、次回にしてみたいと思います。

笹倉 鉄平

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