アトリエや旅先から届いた、笹倉鉄平のメッセージを掲載しています。

アトリエから

2005年12月06日/"夢"について思うこと

フィレンツェでの個展を再現していただいた一連の展覧会も無事に終了し、今は肩の荷をおろした気分です。
各会場にわざわざ足を運んで下さった皆様、ありがとうございました。
また、たくさんの感想・応援メールをいただきましたことも、この場を借りて、心よりの感謝と共に御礼申します。

各会場で、マイクを手に今回の趣旨や絵に関する話を少しすることとなりましたが、お伝えしたかった事をうまく話すことが出来ず、毎度の如く少々自己嫌悪に陥っておりました(笑)。
しかし、言葉で出来ないからこそ、絵を描いて表現しているわけですから、"仕方がない"と思って下さい。いずれにしろ、人前で話をするのは画家本来の仕事ではないわけですから、これまた毎度の如く"致し方ないな"と、自分を慰めています。
そんなわけですので、今後も期待しないで下さいね(笑)。

兎にも角にも、長々とこのページでも話題の中心にあったフィレンツェ個展も、こうしてようやく一段落致しました。

051206book_yumesagashi.jpg★夢さがし(こうして私は自分と出会った)★菅原亜樹子編著★芸文社★1,500円+税★宮本亜門さん(演出家)、安藤優子さん(ニュースキャスター)、伊達公子さん(テニスプレイヤー)、秋本康さん(作詞家)ら16名が「夢」についてインタヴューに応えています。先日、オフィスへ一冊の本が届きました。
菅原亜樹子氏編著による「夢さがし」という本です。

現在各界で活躍されている16名の方が、子供たちや若い世代へ向けて、"夢を持って生きること"への思いを、それぞれの経験や展望に基づいて語ったインタビューをまとめた本です。
かく言う自分のインタビューも掲載されており、自身でもこの本(他の方の記事)を読んでみました。
共感出来る部分がたくさんあることに、どことなく安心すると同時に、その人なりの意志や方法論は、それぞれに異なっていることにも納得が出来て、更なる勇気と元気をもらえたように思いました。
よろしかったら、読んでみて下さい。

さて、そこで今回はその"夢"(勿論、就寝中にみる方でなく)について、思いついたことを・・・と、思ったのですが、"夢"と一言に言っても、あまりに幅が広い言葉で、その定義・解釈の難しさに改めて思い至りました。
ですから、"幸せ"の価値観や意味が百人百色であるが如く、"夢"に対する思いも一人々々違っていて当然です。
つまり、人が抱いているものに対して、私が物申すなど、おこがましいばかりなわけです。

ただ、先出の本に載っている自分のインタビュー内容の補足の意味も込めて、あえて自分なりに感じている"夢"感を、この機会に少し書いてみます。
「画家になるのが夢です。(+どうしたらいいでしょう?)」というお話やメールを随分多くの方々からいただきます。
その全員の方が、画家になれたらいいなぁとは思うのですが、インタビューでは「画家になることを職業としての目標にせずとも、趣味として楽しむ方が、純粋に"絵を描くこと"を楽しめていいかもしれない」といった様な、少々"夢のない"こと(?)を言っています。

これは、客観的に見て‘職業としての絵の世界’というのが、社会において多種多様で幅広い職業と比べると、想像以上に小さくて少々特殊な世界であることを鑑みてのことなのです。

例えば、‘映画’で考えてみましょう。
観る側にいれば、勝手にあーだこーだと評論しつつ心から楽しめますが、制作側の現場では、大げさには人生を賭けて作っているような場合もあるわけですから、それはそれはハードなわけです。
そして、その評価や成功の可否は、完全に観る側に委ねなくてはならないのですから、制作側の抱く"夢"はどんな形であっても、大いなる試練にさらされることになります。
また、内容がさほどでなくとも有名な監督やスターと、多大な予算でなんとかなってしまう映画もあれば、珠玉の作品なのに単館上映で細々としか公開されない、といった矛盾は多々あったりするわけです。
この様なケースは、世の中他の業界でも山ほどあるわけですが、そんな厳しい矛盾にさらされて、"夢"には折り合いをつけ、大きな潮流に流されてしまうか、それとも、あくまでも"夢"を追い続けるのか――ここでいう後者の"夢"が、自分が抱いている夢に近い気がします。

とかく、世の中「夢=(イコール)職業」的な捉え方をしている場合が多い様に感じるのですが、この考え方には、どうしても疑問を抱いてしまうのです。
それは、あくまで目標であって、どこか夢とは違うものではないかと感じてしまうからです。
"夢"は、"叶った"り、"あきらめた"りする類のものではなく、いつも、胸のどこかにあって自分を照らしてくれるものではないかと思います。

かつて私は、小学校の卒業文集の寄せ書きに、意外にも「将来の夢は"宇宙飛行士"」と書いています。
疑問も邪推も思惑も何もかも取り払った純粋な"夢"。
それは成長にともなう経験や知識によって、取捨選択され、失くしては次が生まれ・・・求める幸福の形や価値観が変化してゆく様に、次々形を変えてゆくケースの方が多いでしょう。
画家を目指して美術関係の進路へ進みながらも、その後他の職業に就き、素晴らしい絵を描かれている方も大勢いらっしゃいます。

しかし、内容がどう変わろうとも、"夢"は常に自分の中に存在し得ますが、上述の"目標"は見失ったり破れたりすることも多々あり得るわけです。
そして、そういった挫折や失敗が、更に内なる"夢"に磨きをかけ、強く確かな拠り所となっていくように思うのです。
たとえ、"目標"には見放されることがあったとしても、あせらず悲観せず、"夢"を片手に、今やるべき事を着実に続ければ、自ずと先が開けてゆくのだと、私は信じています。

また、"夢"("目標"も含めて)が、幼い頃に自然に見つかる人もいれば、遅くなってから思いもよらない機会に見つかる人もいると思います。
時期やきっかけも様々で、どちらが良いとか悪いとかではないと思うのです。
そこに向かって進んでゆく過程で、磨かれ成長することが自身の宝物になってゆくのであれば、"夢"というのは、近づくことは出来ても、手に入れられないものにしておく方がいいのかもしれません(笑)。

・・・嗚呼、このお題は、やはり難しいです。
支離滅裂なくどくどしい文章になってしまいました。
思うままにダラダラ言っているだけですので、これに左右されることなく、"へぇ~"と読み流して下さい(笑)。
とにかく、人それぞれ、特に子供たちや若い人には、"豊かな"夢を持って欲しいと思います。

もうすぐ、新しい年がやって来ます。
新年は、自分の意識のリセット・タイミングとしては、良いチャンスですから、いやな事は忘れて、新しい目標や夢に向かってがんばってゆきましょう。

笹倉 鉄平

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